初めての試験結果(奈良大学通信教育部)

初めての(奈良大学の)試験結果

奈良大学通信教育部ではスクーリング科目以外の履修科目は、テキストを読みレポートを書いて、それで合格が出たら単位修得試験を受けて60点以上取れば単位がもらえる、という流れになります。

私は履修科目のうち、文化財学講読Ⅰ、民俗学及び言語伝承論からレポートを書いて合格したので、まずはその3科目について試験を受けました。

そして結果を待つこと1か月、試験結果が郵送で送られてきました。

若干緊張しながらの開封です。

 

ドキドキ。

 

ドキドキ。

 

ドキドキ。

 

・・・

 

じゃーん!!

 

 

どやぁ(笑)

結果は言語伝承論と文化財学講読Ⅰは80点超え(いわゆる優)となりましたが、民俗学は75点と80点を下回る、いわゆる良という結果になりました。

それぞれ頑張ったので優の結果となった科目については嬉しいですが、民俗学が良となったのは忸怩たる思いがあります。
もっとも、民俗学は万全の回答ではなかったと思いますので単位が取れただけでもよしとすべきかもしれません。

各科目の試験の振り返りについては別の記事を作成したいと思いますが、とりあえず全て合格という結果になり一安心です。

とはいえまだ3科目。とるべき単位はまだたくさんありますし、その中には苦手な分野もあります。
今回の結果に慢心せず、これからの学習も気を引き締めて続けていきたいところです。

 

でも貴重な土日にずっと手書きで回答を書き続けるとか、我ながらよく頑張りました(笑)

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言語伝承論(1)_学習内容とレポート課題

関心が薄い分野を学ぶ意味

「歴史好き」な人はたくさんいますが、「歴史」の分野が数多ある中でその関心を一括りにすることは難しく、すべての分野に満遍なく関心を持っているという人はあまり多くないのではないしょうか。

私も多分に漏れず文学の分野には関心が薄く、古代・近現代の文学はおろか、昔の詩にもあまり関心はありませんでした。
文化系のテーマに関心がないと教養がない、なんて言われそうですが、関心がないものはしかたありません。自分で勉強するなら好きな分野のことを知りたいものです。

しかし、大学のカリキュラムに組み込まれているとそのような逃げはできません。
関心がなくても勉強して単位がもらえないと卒業できないわけで、「関心がないから勉強しない!」と我を張る選択肢は存在しません。

ただ、これは決まったカリキュラムの中で学習するメリットでもあると思います。
政治や経済だけでなく文化もまた現在の社会につながる歴史を形成している分野であり、過去の文化について学ぶことは自分の関心事である政治や経済の歴史の理解を多少なりとも深めてくれると思います。点と点がつながってできる理解の面が広がるという感じです。

また、建前的にはグローバル化が進んで海外の人との交流が増える中で自国の文化について理解をしておいた方が便利・有利になる可能性はあるかもしれません。
もっとも、留学していた時も業務上海外の同僚などと話すときもに日本の過去の文化が話題になったことはありませんが(笑)

ともあれ、苦手な(関心が薄い)分野は先に済ませておきたいという心理もあり、関心のある分野より先に言語伝承論に取り掛かることにしました。

 

言語伝承論の内容

言語伝承論というタイトルだけではテーマがわかりにくいですが、この科目では万葉集を読むことになります。
万葉集は飛鳥時代から奈良時代(7~8世紀)にかけて編集された歌集で、その期間の歌人や庶民の詩が収められています。特に有名な歌人としては大伴家持額田王などが挙げられるでしょうか。
旅の途中で息絶えた旅人を悼む聖徳太子の有名な歌も含まれています。
※家ならば 妹が手かまむ 草枕 旅に臥せやる この旅人あはれ(巻三の四一五)

万葉集を味わうこの科目のテキストは『万葉挽歌のこころ 夢と死の古代学』。
著者は上野誠先生という以前奈良大学で教鞭をとられていた方で万葉集研究の第一人者として著書も多い有名な先生です。
最近別の大学に転出されたそうですが、「神話伝承論」というスクーリング科目はまだ担当されているので、受講する機会があれば教えを受けることができそうです。

挽歌というのは棺を挽くときに詠む歌、つまり死者を悼む歌です。
万葉集に収められている歌は家族や恋人を想う歌、仕事のことを取り上げた歌、風景を描いた歌など様々なカテゴリーがありますが、本書では挽歌に焦点を当てて万葉集の世界を学びます。

本書で取り上げる挽歌は9つ。全て天智天皇が崩御する前後のものです。
読み手は天皇の妻や近侍する女官など身近な人たちが選ばれています。

同じような立場の人が同じ人物を対象に挽歌を読むので同じような印象の歌になるのかと思いきや、それぞれの読み手が色んな技法で自らの感情を発露しています。
悲しむという点では同じなので何も知らずに一読するとみんな悲しいんだな、という理解で終わってしまいますが、歌の背景・読み手の意図を理解すると同じ気持ちであってもそれぞれの立場が反映されていることがわかります。

そして、各人が自らの感情を公に発露(主張とも言えます)することは一種の戦いであると著者は指摘しています。
言われてみると天皇を悼むという極めて政治的な行為が単なる個人の感情で済むはずはなく、他の妻・女官との相対的地位、後継の天皇その他関係者との関係も踏まえた上で詠まれてもおかしくないと思いますし、それはまさに一種の戦いと言えそうです。

一連の歌についてこういう見方ができるようになっただけでもこの科目を履修した甲斐がありました。
ただ、せっかく万葉集に触れるのなら特定の歌にだけ触れておしまい、というのももったいないのでもう少し広く学習するために万葉集を解説した漫画を買ってきました。

 

これも上野先生が監修。すごいですね。
絵師さん(サイドランチ所属のイラストレーター)もよかったです(笑)

上野先生監修とはいえこれで言語伝承論はバッチリ!、なんてことにはならないのですが、万葉集の世界観を理解するにはイラスト入りというのはよかったです。
イラストレーターもよかったですしね(しつこい)。

 

レポート課題

言語伝承論のレポートのお題はテキストにある歌の一つを選んで著者の解釈をまとめること、歌にある「影」という言葉について用例を調べたうえで自分の解釈を述べること、テキストにある歌について自分なりの釈義(現代語訳)を行うことでした。

最初のテーマについては下記の額田王の歌を選びました。

かくあらむの 心知りせば 大御船 泊てし泊まりし 標結はましを(巻二の一五一)

この歌は視覚的に理解することが比較的容易で、詩歌に造詣のない人でも読み手の心情が映像となって伝わってくると思います(著者もそのような形で解説していました)。
芸術作品の理解の仕方は感覚的な部分に拠るところが大きいと思いますが、作者の伝えたいことが映像として想像できるものは素人にもとっつきやすい気がします。

詳述は避けますが、大御船が天智天皇の魂が乗る船、標(しめ)が港の内外の境界を示す標識で、天皇の魂が乗った船が外界に出ていく(=崩御)するのを標を結って引き留めたかった、という趣旨の歌になります。

次に「影」という言葉の解釈。
影という言葉は万葉集の中でもよく見かけますが、テキストの中では下記の歌に出てきます。

人はよし 思ひ止むとも 玉かづら 影に見えつつ 忘れえぬかも(巻二の百四十九)

影という言葉は現代でも使いますが、用法としては物体の後ろにできる部分(日陰など)、面影、影響などがすぐに浮かびます。
中国語だと電影で映画という意味になりますね。

では、万葉集の時代にはどのように使われていたのか。
これを知るためには古語辞典の定義と万葉集の実際の用法を調べる必要があります。
同時代の資料に当たるというのはいかにも歴史を学んでいる感じがしていいですね。

調べてみると現代と同じ部分と違う部分があり、現在日常的に使用している言葉でも大なり小なり変化していることがわかります。まさに「言葉は生きている」です。
そして言葉の変化を受け入れながら使い続けるというのは、まさに「言語伝承」といえるかもしれません。今思いついただけですが(笑)

最後の歌の釈義については基本的にはテキストの解釈を踏襲しつつ、自分なりの解釈を自分の言葉で加えてみました。
二つの歌について釈義を加えたのですが、人によって感情の表現の仕方が違って、でもそれぞれに「自分は天皇を慕っていた!!」という感情(というか自己主張)が強く出ていて、歌を詠むのも読むのもエネルギー消費が激しいと感じました。

こんな感じでレポートを提出しましたが、無事に合格をいただきました。
大変よくまとまっていて釈義も豊かに表現することができていると高評価でした。
普段触れることが少ない文学という分野ですが、学んでみるとそれなりに面白いですし、理解の程度もしっかり評価していただけたのはよかったとおもいます。

先日投稿した平安文学論を含め他にも文化・文学に関する科目はありますので、そのような科目もおろそかにせず、多少なりとも文化的なビジネスパーソンになりたいと思います。

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ファビコンを設定してみた

愛着あるブログにするために

私がこのブログを始めたのは涙をたびたび飲んだ就職活動を終えた2005年の秋頃で、もう15年も経つことになります。
懐かしいので、記念すべき最初の投稿を引っ張ってみました(最初は「就職活動日記」でした)。

 

その間更新が途絶えたり、逆に頻繁に更新したりする時期があったりとムラが目立つ運営ですが、飽きっぽい人間としてはよく続いているものだと我ながら感心します。

ブログを運営していると日々の生活でも記事のネタを探す癖がついて、ちょっとアンテナが高くなった気がします。ほとんどの場合は「何もないなー」という感度が低いアンテナではありますが…(汗)

それはさておき、細々とでも情報発信ができる人間でありたいという思いで続けてきたブログなので自分のアイデンティティを支える存在でもありますし、まだ見ぬ人とつながる貴重なツールでもあり、結構愛着があります。
そして愛着がある存在だからこそ、より自分でカスタマイズできるようにしたいということで、アメブロからWordPressに引っ越しして独自ドメインも取得しました。
アメブロも非常に使いやすいサービスですが、独自色を出していくにはWordPressの方が面白いと思っての引っ越しでした。

その割には更新頻度が…という感じですが、これはアンテナを高くするのと勉強や仕事を頑張ってネタを探すしかないですね(仕事のことをブログ化するのは限度がありますが)。

ともあれ、長年続けてきたブログなのでより愛着ある存在にしていきたいものです。

 

ファビコンつけました

ウェブサイト・ブログを運営する上で自分なりの「ブランド化」というのは若干意識していましたが、特にやってみたかったのがファビコンの設定です。
ファビコンとはウェブサイトのURLについているアイコンで、人気のあるウェブサイトやSNSには概ねついていると思います(GoogleのGマークやTwitterの青い鳥マーク)。

以前にも調べたことがあるのですが、その時はあまり理解ができず放置していたのですが、今般たまたま思い出して改めて設定方法を調べてみるとWordPressの機能を使って簡単にできることがわかったので早速設定してみました。

じゃーん!(日本銀行風に)

初めてのファビコン。センスは問わないで…

 

センスはともかく、Simple is bestということで。

愛着ポイントが増えたところで、このブログをこれからも楽しく運営していきたいところです。愛着、大事ですよね。

 

※「じゃーん!(日本銀行風)」というのは話題になったこちらのツイートを指すものです。

 

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平安文学論(1)_学習内容とレポート課題

平安文学論とは

平安文学論の概要

今日も今日とて奈良大学の学習を進め、この度平安文学論のレポートを提出しました。
提出しただけなのでどのような評価になるかわかりませんが、細切れでも記事にした方が役に立つ、ということをこの前の記事で考えたばかりなので、簡単に平安文学論という科目のお話をしたいと思います。

平安文学というと源氏物語や枕草子、竹取物語や蜻蛉日記といった女性による作品が多いことで知られます。古典に関心がない人でも名前を聞いたことはあるでしょうし、漫画家されているものが多いのも特徴だと思います。源氏物語を描いた「あさきゆめみし」は学校の図書館にも置いてあった気がします。

では平安文学論という科目がそれらの作品を読み込む科目かというとそうではなく、平安文学の背景を学ぶのが平安文学論の内容です。
平安文学論は女性の恋愛を描いたものが多いこともあり、特に平安時代の婚姻・男女関係のあり方について学びます。

テキストは工藤重矩著『平安朝の結婚制度と文学』。平安文学の背景となる婚姻制度について学べそうなタイトルです。

 

本書では、一般に理解されている「平安時代は一夫多妻制であった」という考え方について検討した上で、平安時代の婚姻制度から平安文学の中の登場人物の置かれた境遇について検討しています。
特に源氏物語、蜻蛉日記(藤原道綱母)、うつほ物語、狭衣物語について検討がなされていて、これらの作品が好きな方は楽しく読めると思います。

平安文学論の狙い

本書の内容について詳細は省きますが、平安時代の婚姻のあり方について、法令(養老律令)の規定や各文学作品の記述から検討がなされています。改めて考えるに、文学を論じるにあたってその背景を知ることはとても重要だと思います。
例えば大人気ドラマ「半沢直樹」では銀行員である主人公の半沢と金融庁のせめぎ合いが見どころの一つですが、銀行が金融庁の監督下にあり、金融庁の意向は大きな影響力を持つとともに行政処分が致命的で絶対に避けなければいけないということが前提になっています。この背景を知らなければ、なぜ半沢が金融庁に対して神経をとがらせているかピンとこないのではないでしょうか。
同じように、源氏物語のヒロイン・紫上や蜻蛉日記の著者・道綱母が当時の婚姻制度において置かれた状況を把握できれば、より彼女たちの心情を理解することができるのだと思います。

そして文学そのものを読むのではなくその背景を理解して文学を考えるというのは、なるほど平安文学「論」だなと思いました。

 

レポートの内容

単位習得試験に先立ち提出するレポートのお題は、平安時代の婚姻制度における各種の男女関係について説明を法制資料や文学作品を用いて行うというものです。

テキストでも律令や文学作品を引用して検討がなされているので基本的にはそれに沿って論述を行うのですが、テキストの説明はピンポイントでもう少し読みたかったのと、もともと日本の法制史に関心があったこともあり、養老律令(平安期の日本の法令集)を図書館で借りてきて読んでみました。
ちなみに律は刑罰を定めた刑法、令はそれ以外の分野(行政法、民法など)で、併せて法令体系として律令と呼ばれます。律と令はそれぞれが分野ごとの律・令によって構成され、例えば窃盗・反逆に関する刑罰を定めた賊盗律や大学・国学の運営に関して定めた学令などがあります。

平安文学論テキストと養老律令(「日本思想体系3 律令」)

律令は各分野の法令をカバーしているだけあり、非常に分厚いです。
読んでみると結構細かいことにも規定があり、古代においてすでに精緻な法令体系が確立していたことに驚きました。
例えば公文書の作成について定めた公式令66では公文書は楷書で作成すること、帳簿や刑罰に関しては数字は大字(漢数字ではなく、壱・弐・参など)を使用することが決められています。
法律に関係する仕事をしている人にとっては読み物としても面白いかもしれません。

養老律令。分厚い…(ただし半分は解説)

平安時代の婚姻制度は法令上「戸令」の定めに従います。
そして戸令には妻との正式な婚姻手続きや嫡妻と妾妻の区別などが定められており、また戸婚律(逸文)には重婚の禁止の定めもあることから、法令の定めからは一夫多妻ではなく、一夫一妻制が導かれるようです。

平安時代の恋愛を考える上で、一夫多妻か一夫一妻かは大きな違いです。例えば源氏物語のヒロインである紫上の立場が妻であるか(妻に劣後する)妾であるかは、彼女の心情を想像するうえで重要な要素になるはずです。

ひとまずレポートを書く中で平安時代の男女関係のあり方についてざっくりと理解をすることができました。
学習としてはここで一区切りですが、せっかくなのでこの理解を用いて平安文学を少し読んでみるのもいいかなと思いました。

漫画で(笑)

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ブログ記事の書き方と付加価値の着眼点

些細な情報でもブログ記事は役に立つ

ブログ記事は痒い所に手が届く

奈良大学の学業に集中している今日この頃ですが、科目ごとに得意・不得意があり、またレポート・試験の合格が難しいと噂される科目もあるので、レポートの作成に悩んでしまうことがあります。

「考古学」なり「源氏物語」なり、一般に共有されている内容であれば書籍を読めば内容の理解につながりますが(そのためにテキストも提供されていますし)、大学の科目の話になると内輪ネタなので書籍を読むだけでは悩みは解決しません。
奈良大学には学生同士で情報交換ができる掲示板サービスがあって科目に関する情報交換ができるので科目の難易度や先生の評価基準についてある程度わかるのですが、科目ごとに情報量が異なるうえ、自分から「この科目って難しいんですかねー?」みたいなことを聞くのは気が引けるので情報量に限界があります。

しかし、奈良大学通信教育部の強みの一つは在校生・卒業生にブログを書いている方が多いことだということに最近気が付きました。
歴史が大好きで勉強したいという人ばかりだという性格もあってか、情報発信にも積極的な人が多いのかもしれません。私もその一人ですが。
そういえば一緒にMBA受験を乗り越えた皆さんも結構ブログを書かれていましたし、自分もブログの情報に助けられたこともありました。改めて考えると、MBAもブログによる情報量が多い分野かもしれません。

奈良大学の在校生・卒業生の方のブログを読むと、科目ごとにどのようなことを考えてレポートを書いたのか、先生は何をどのように評価したのか。あるいは試験はどんな感じだったのか、などこちらが欲しかった情報がピンポイントで書かれていたりします。
仕事でも上司や取引先が何を考えているかを把握して情報提供することは重要ですが、レポートでもそれは同じでそのような情報を収集することは有意義なことだと思います。

もちろん奈良大学でどのような学びがあるのかということは奈良大学への入学を検討している人にとっては役に立つ情報なのでそういう記事も大切だと思います。自分はどちらかというとそちら重視で書いていますし。まだ単位を一つも取っていないという理由もありますが。

ともあれ、痒い所に手が届く記事はありがたいですし、そういうのはブログならではかもしれません。それも私が意識していることでもあります。王道の記事なら他にも情報媒体はたくさんありますが、メインストリームのメディアは些細な情報の提供には向かないので、ブログの強みを生かせると思います。

ブログ記事は細切れでもいい?

プライベートで書くブログ記事のいいところは情報量が自分で決められるという点にもあると思います。
レポートや業務報告書は一定程度記載すべき情報の内容や量が決まっているためそれなりに考えることが多いですが、ブログ記事にはそのような制約はありません。

もちろんネットに公開している以上人に読んでもらいたいというのはあるので、情報の量や見せ方を多少考慮すべきかもしれませんが、それを考えすぎると記事が書けなくて提供する情報量が結果として少なくなってしまう気がします。

私もブログを書き始めた頃は深く考えずに書きたいことを徒然に書いていたので頻繁に記事を掲載していましたが、最近は記事ごとにそれなりの量を書こうと思ってしまい、結局何も掲載できずに時間があいてしまいがちです。

ただ、ブログ記事は小回りが利くことがよさであり、特に痒い所に手が届く情報を発信したいと思うならなおさら一つ一つの記事の質にこだわりすぎるのはよくないとも思います。
情報が正確であることは当然ですが、それを除けば些細なことをちょこちょこっと書くだけでもある人には響く情報になるようにも思います。

ということで、このブログでも細切れでも記事掲載の頻度を増やしていった方がいいのかな、と思っています。いつまで続くかわかりませんけど。

 

王道でないことの強み

王道でない=傍流、ではない

社会人になってもう10年以上、いろんな経験をしてきましたが基本的に自分のキャリアは王道というか花形ではなかったと思います。
資産運用会社での勤務経験が長いですが、一貫してコンプライアンスという管理部門であり、運用会社の花形でもあるファンドマネージャーやアナリストなどの運用業務に関わったことはありませんし、MBAも知名度が高い英米の名門校ではなくオランダの学校でした。
勤務してきた会社も大手はあまりなく、少なくともグローバルで巨人といえるような会社での勤務経験はありません(ブラックロックやフィデリティといった名門も世間的な知名度がどの程度あるか知りませんが)。

したがって自分のキャリア・経験にキラキラ要素はあまりなく、多くの人から話を聞きたいと思わせるような感じではないと思います。
SNSなどではキラキラ要素満載のエリートが結構いてすごいなー、と思うことは多々ありますし、ネット記事でそういう人が情報発信をしているのを見るとこの路線には行けないと思ったりもします。

しかし、世の中はキラキラ要素ばかりで成り立っているわけではなく、そういうものから若干距離を置く生き方を選ぶ人も少なからずいるのではないかと思います。
競争から距離を置くためであったり、ユニークさを求めて、など理由は様々でしょうが、そういう生き方にもまた独自の価値があり、それはキラキラ路線に必ずしも劣るとか道を外れているとか、そういうものでもないはずです。

まあ、自分が当初から花形の仕事に就けたり名門MBAに行けていたらこういう考え方をしなかったのかもしれませんが、結果的に華々しい道を行っていなかったから得られた視点だとしたら、巡りあわせに感謝しないといけませんね。

といった考えから、私は発信されやすい王道路線とは違う路線とは違う観点での情報発信を行っていきたいし、それこそが自分の出せる付加価値だと信じています。
正面から東大→名門企業・外資金融・コンサル→ハーバードMBAみたいな人と戦ったらそれこそ単なる劣化版にしかなりません。
王道ではないけど傍流・劣化版にはならないようにしたいものです。

ユニーク路線の情報発信

前述のとおり、何事も情報発信というのは王道を前提としたものが多いと思います。
大学受験であれば高い偏差値に入るための情報が多いですし、MBAにしても高ランク校に行くための情報が多いです。
運用会社の業務に関する情報でも運用業務に関する情報が多く、管理部門の業務に関する情報はそれに比べると少ないです。採用情報にある社員のインタビューを見ても運用業務や営業といった花形部門の人の記事が多いのに対し、コンプライアンスの人の記事なんてほとんど見かけません(涙)。
もちろん垂直的なヒエラルキーがある中でできるだけ上の方に行きたいというのは当然のことでそのような情報に大きな需要があるのは当然のことです。

一方で、そういうヒエラルキーから外れた観点からの情報というのは相対的に少ないですが、それにも一定の需要があると思います。
そういった点に注目した、かつ小回りの利いた情報発信をすることはメインストリームとは違うところで頑張りたいという同志の支えになると思いますし、そういう人が増えること自体が世の中のためになると信じています。

負け犬の遠吠え、と言われるかもしれませんしそれが間違っているとも思いませんが、王道・エリート街道ではなくてもユニーク路線を堂々と進み、独自の価値を築いていけるような人間になりたいと思いますし、情報発信を通じて同じような考えを持っている人の役に立てたら幸いです。

最初の話とずれてきましたが、レポート・試験の評価における先生の視点はともかく、奈良大学での学業についても積極的に記事にしていきたいと思います。
運用会社のコンプライアンスの話は…ニーズありますかねー(汗)

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博士論文審査の結果

口頭試問来たる

退学から論文提出まで

2度目の博士学位申請論文(博士論文)審査に不合格だったため、大学院博士課程を昨年の9月に単位取得退学し、その後論文を修正を続けること半年、4月にようやく3度目の博士学位申請論文を大学に提出できました。ここまでは以前の記事に書いた通りです。

大学院を退学してから論文を提出すると論文博士の扱いになるようで(大学によって扱いが異なるかもしれません)、論文の受理の決定自体に検討のプロセスが入るため、まず受理されるかが心配でした。
もちろん指導教官の了承を得て提出しているので大丈夫だとは思っていましたが、やはり受理の連絡が来るまでは安心できません。

そしてそわそわすること2週間くらいで論文の受理と審査担当者決定の連絡がありました。第一関門というほどのことでもないですが、やはりほっとしました。
そして論文審査の本丸ともいえる口頭試問があるのですが、審査を担当される先生方はご多忙ですし、コロナ禍という状況もありますのでなかなか口頭試問の日程が決まらず、その期間も落ち着きませんでした。
いつでも対応できるように落ち着いて準備をすればいいのでしょうが、仕事や日常生活もあるので決まった期日に向けて準備をする方が気が楽でした。

そして待つこと1か月強、ついに口頭試問のスケジュールの連絡がありました。
あとは気合を入れてイメトレするだけです。
ちなみに口頭試問は博士論文に関するものですので、質問の内容も基本的には博士論文の中から出てきます。そのため、準備は博士論文を読み直し、第三者の視点で疑問点を洗い出す、ということの繰り返しです。
しかし、自分の書いたものとはいえ論文の量は結構多いので、何度読んでも途中で流し読みになってしまい、想定される質問の洗い出しがうまくいかなかった気がします。自分の書いたものとはいえ、どこに何を書いたか意外に覚えていないので油断でしたね。

三度目の口頭試問

口頭試問はその名のとおり、博士論文の内容について審査担当者が質問やツッコミを入れ、申請者が質問に回答し、また自分の考え方の妥当性を説明し、博士論文の価値を証明するものです。
海外ではディフェンスと言われることもありますが、論文の不備や不明確な点を突いてくる審査官から我が子のような博士論文を守る戦いです。

審査担当者が誰なのかは本番になるまでわかりません。
自分の場合もう三度目でテーマも教員の先生の状況も変わっていないため、多分過去二回と同じだろうと思ってはいましたが、審査官の方の専門やキャラクターで雰囲気や説明の内容、ツッコミどころが変わる可能性がありますので、できるだけいろんな視点からのツッコミを考えるようにしていました。

当日は平日で仕事もあったのですが、やはり口頭試問のことがちらついて集中するのが難しかったです。トラブルでもあったら最悪でしたが、幸い何事もなく業務が終わったので落ち着いて口頭試問を迎えることができました。

リモートで自宅での面接なので服装は悩みましたが、少しでも不安要素をなくすためにスーツにネクタイにしました。そして、縁起を担いで地元小田原が誇る無敗の名将・北条氏康をイメージしたスーツで必勝を期します。

そしていざ口頭試問ですが、開始早々にリモートなのでスーツ着なくてもいいし上着脱いだら、と(笑)。
出鼻をくじかれた感もありますが、上着を脱ぐと肩の力が少し抜けてよかったかもしれません。

最初は論文の概要について説明します。大体10分くらいで論文のポイントをまとめます。こちらについては事前に準備ができるのでそこまで苦労はしませんでした。緊張で早口になっていましたが…

そして概要の説明が終わってからが本番。審査官からの質問タイムです。
審査官は学者の先生と実務的専門家からなるのですが、私はどちらの点でも若輩者で自分の実務経験と論文を書く過程で学んだことを拠り所に必死に守ります。
攻め手の圧倒的火力に対して自らの陣地をいかに守るかがカギになりますが、大事なことは自分の陣地を狭く・固くすることだと思います。
学位をとることを目標とした場合、博士論文のテーマは「自分が世界で一番詳しい」という状況にもっていくことができることが大事です。つまり自分が勝てる土俵で戦うということですね。

しかし、複数名の審査官を相手に一人で対峙するというのは精神的に辛いです。
論文の内容に自信があり、準備もしっかりできていれば堂々としていられるかもしれませんが、自分はそこまでの自信はなく、いつ厳しい質問がくるかとドキドキしていました。
そしてその懸念は的中し、論文のコアとなる素朴な質問にもうまく回答できずそこから空回りしてしまいました。

それでも立て直せばなんとか合格はもぎ取れると信じ、その後の質問には丁寧に回答していきました。やはり実務的な部分は経験もありますし、守りやすい分野なので持ち直しやすかったと思います。
必死になって回答していると時間が過ぎるのも早く、気が付いたら所定の時間になっていました。最後の方は致命的な質問がきませんように…と祈ってましたが、何とか致命傷は受けずに回答できたかと思います。実際にどういう評価だったかはわかりませんが。

最後に言いたいことはあるか(処刑か…)、と聞かれたので最初にうまく答えられなかった質問再度回答。それも上出来な回答ではないのですが最善を尽くそうと思って言えることは言っておきました。

これにて口頭試問は終了。とても完璧とは言えないできでしたが、致命傷は負わなかったので何とかなるかな、という希望込みの感触でした。

 

口頭試問の結果

口頭試問が終わると結果を待つだけなので、祈ることしかできません。
ただ待つのみです。

審査の結果は審査官がまとめた後でしかるべきプロセスを経て決定されます。
そのため、それなりに時間がかかりますが、結果を待つ身としては良くてもダメでも早く結果を教えてくれないかな、というのが本音です。

前回は一定期間待ってから不合格の連絡があったので、しばらく連絡がなければ合格、というわけでもないのが辛いところです。

そして待つこと約1か月、ついに大学から連絡がありました。
無事に合格、博士号授与が決定したとのこと。

・・・

・・・

キタ――♪ o(゚∀゚o) (o゚∀゚o) (o゚∀゚)o キタ――♪

 

後日学位記も送られてきて、博士号を取得できたことの実感がわいてきました。

学位記

 

博士論文の取組みは4年以上続けてきたので感慨深いものがありますが、日常や仕事の内容が変わるわけでもないのでインパクトはあまりないですね。
実際、博士号は「足の裏の米粒」=取れないと気になるけど取っても食べられない、と言われたりもするので、特にアカデミアでなければ当然かもしれません。

それでも一定の成果を得られたことは大きな収穫ですし、アカデミアと実務の懸け橋となるという目標に近づくこともできました。
正直なところ、私は法学者でも法曹でもないので、法律論・法学に詳しいわけではありません。それでもそのような実務経験と法学の一定の素養を組み合わせて法律の専門家にはない価値を生み出せるのではないかという考えもあります。
博士号をどのように活かすのかはまさにこれからにかかっているのですが、せっかくなのでユニークな立ち位置で面白い人だといわれるようなことができたらいいと思っています。

博士論文の作成にあたっては指導教官、大学事務室、同業の方々に大変お世話になりました。この場を借りて御礼申し上げます。

これからも頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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