大災害から飛ぶ不死鳥

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ご存じのとおり、去る3月11日、東北地方太平洋沖にて国内観測史上最大の地震が発生し、東北地方を中心に非常に多くの方が被災されました。
犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、避難されている方々に心よりお見舞い申し上げます。

今回は、震災の被害を受けた皆様、復興に向けて活動される皆様に元気を届けるべく、大災害から不死鳥のように蘇った人々のお話をお届けします。

●ボランティア元年

今般の東日本大震災も大きな被害をもたらしましたが、私たちが地震というものに強い意識を本格的に持ち出したのは、1995年の阪神・淡路大震災の頃からではないでしょうか。
もちろん、建築基準などはそれ以前から耐震性を重視していたり、震災はそれまでにもいろいろあったわけですが、阪神・淡路大震災以前と以降では、震災に対する意識がかなり違ってきたように思います。

最近は、NPO・NGOあるいはボランティアという言葉も市民権を得て、いろいろな舞台で活躍する姿を見かけますが、彼らが活躍し、広く認知されるようになったきっかけも、また阪神・淡路大震災でした。
もちろん、それまでにも地縁社会や地域コミュニティといったものは存在し、その中で助けあいが行われていたわけですが、阪神・淡路大震災で全国の人が心を揺さぶられ、地域外からも多くの人がボランティアに駆け付けたそうです。延べ人数では100万人を超えたとも言われます。

実際にはボランティア初心者が多く、ボランティアの活動が十分に機能しなかったケースも多かったようですが、この震災をきっかけにボランティア活動やNPOに対する認知度が高まり、その2年後の、ナホトカ号重油流出事故では、多くのボランティアが集まったそうです。このように、阪神・淡路大震災でボランティア活動が注目されたことを受けて、1995年は「ボランティア元年」と称されています。

また、近年ではボランティア活動を単位として認める学校も出てきているそうで、ボランティア活動はより我々にとって身近な存在になっているといえそうです。

ちなみに、今回の震災を見てもわかるとおり、海外(欧米)ではNPOやボランティア活動に携わることは一般的なことであり、逆にそのような活動をしていないと評価が下がる、という面があるそうです。
そのような活動をしていないから評価が下がる、ということと是非はさておき、日本でも学校や会社を離れた場で誰かのためになることをすることがより一般的になればいいと個人的には思います。

●日頃のケチは何のため?

戦国時代の幕を閉じた徳川家康は、非常に吝嗇であったと伝えられています。
一枚のちり紙を追いかけて、それを笑う人間に対し、「私はこれで天下を取った」と言い放った話や、蒲生氏郷に「秀吉の次の天下人は、家康ではなく前田利家だと思う。家康はケチすぎるから」、などと言われた話など、多くの逸話が残っています。

・・・が、家康は決してただのケチではなく、お金を使うべき時に使う、ということをよく知っていました。
だからこそ、必要な戦争では見事に勝利し、また多くの人の協力を得ることができたと考えるべきでしょう。

家康が残した財産は、彼の死後も活きることになりました。
その最たる例が1657年(明暦3年)に起こった「明暦の大火」です。

明暦の大火は、家康が江戸に入った1590年以来最大の火災と言われ、江戸市街の大半が焼けたと言われ、世界三大火災の一つに数えられることもあります。
江戸城の天守閣もその時に焼失し、それ以降、現在に至るまで江戸城は天守閣のない城になっています。

さて、江戸の復興には多額の費用がかかります。当然ですが幕閣も真っ青。
そんなときに江戸を救ったのが、家康がためていたお金。そう、家康が倹約に倹約を重ねてためていたものです。

この資金のおかげもあって、江戸は見事復興を遂げ、新たな区割りで世界最大都市へと成長していくことになります。
ただし、家康の資金もこれっきりで、こののち元禄時代にかけて幕府は税制難に苦しむことになりますが。

最近も不景気の影響か蓄財のテクニックを解いた雑誌などが多いですが、本当に大事なのは、お金をいかにためるか、ということではなく、いかに有効に使うか、ということかもしれません。
もちろん、貯金は大切であるのは言うまでもありませんが、使い方も考えないともったいない気がします。

なお、蒲生氏郷に次の天下人として指名された前田利家も相当の倹約家として知られていました。
その意味では、利家も家康も同じですね。

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大災害から飛ぶ不死鳥 への2件のフィードバック

  1. えんじゅ のコメント:

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    とも呼ばれたんですよね、明暦大火は。
    宮部みゆきさんに「振袖火事」として扱った時代物の短編があったように思います。
    江戸の大きな災害としては、他に、1807年の永代橋崩落事故がありますね。
    こちらも宮部さんが『本所深川ふしぎ草紙』の一編『消えずの行灯』で書いてますが。
    有史以来、何度も何度も、人間は数々の天災・人災(戦争もまぁその一種ですね)を
    自力で乗り越えてきました。
    精神的にも物質的にも、人間は必ずこの状況から抜け出す方法を
    見つけ出すと思います。
    そう信じて生きたいですね。

  2. ゆーけー のコメント:

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    >えんじゅさん
    そうそう、原因についてはいくつか説があるらしく、その一つに由来して振袖火事とも呼ばれるらしいですね。
    数年後にロンドンでも大火事があったらしく、大都市と火事は切り離せない関係なのかもしれません。
    それでも、人類はそれらを乗り越えて現在の繁栄を築いているわけですから、今回の震災についても、乗り越えて新しいものを生み出していけると信じています。

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