大戦国史 最強の武将は誰か?

歴史が好きな人なら誰しも考えるであろう、一つの問い。

最強の武将は誰か?

世界史上最強は?中国史で最強は?三国志で最強は?そして、戦国時代で最強は?

決して答えの出ない問いであることはわかっていても、つい考えてしまいます。
インターネット上でも激論が繰り広げられています。

最近はどちらかというと史実を掘り下げる本を読むことが多く、歴史談議に花を咲かせるような話題を考えることは少ないのですが、たまたま「最強の戦国武将は誰か?」という歴史談議に花を咲かせた書籍(「大戦国史 最強の武将は誰か?」(文藝春秋編))を見かけたので読んでみました。

この書籍の面白いところは、戦国時代の専門家だけではなく、近現代史や世界史に詳しい方も加わって「最強の武将は誰か?」という話を語り合っているところです。
特に昭和史の研究で有名な半藤一利氏や、世界史に造詣の深い出口治明氏(現ライフネット生命会長)が対談に登場されていることに興味をひかれました。

半藤氏は戦国時代の研究で有名な小和田哲男先生と対談されているのですが、目をキラキラさせながら(?)武田信玄と上杉謙信でどちらが強いのか、というのを離されていて面白かったです。ちなみに半藤氏が上杉派、小和田先生が武田派でした。

出口氏は「信長・秀吉・家康の天下観・世界観」というテーマで話されていました。
対談の中では、案外秀吉が「全部信長の物まねでしょ」、といった感じで評価されていなくて、秀吉かわいそう…なんて思っていました(笑)。
出口氏は、世界史の流れの中で日本史・戦国時代を考える重要性を示唆されていて、さすがでした。
また、出口氏の対談の中では土木の専門家の方(竹村幸太郎元国道交通省河川局長)もいらっしゃって、土木の観点から三人の統治政策を解説されていて、目から鱗が落ちる思いでした。
特に、「家康は主要水脈には幕府と御三家で抑えた」、「川や山で諸大名の領地を区切ったことで領域内での開発を促進した」という指摘はなるほど、という思いでした。

対談のほか、有名武将たちの業績などについても専門家の方が寄稿されていて、それぞれの方の見方が興味深かったです。
このうち、北条氏康については黒田基樹先生が執筆されていますが、そのすべてが税制・行政改革及びそれが近世に与えた影響についてで、河越の戦いをはじめとする武将としての活躍については割愛されており、北条氏康、あるいは北条氏の歴史研究における特殊性が見えてきます。
というのも、後北条氏や内政に力を入れていただけでなく、文書による官僚制度が整備されていたうえ、北条氏の領土がそのまま徳川政権に引き継がれていることから史料の保存状況が良好で、学術的な研究という点からは北条氏が最も先行しているそうで、それゆえに北条氏康についても武将としての観点以外にも論じられることが多いように感じます。

本書では氏康に限らず、信玄や謙信、毛利元就といった最強の武将候補についてもその内政面の業績が語られており、いろんな観点から戦国武将・大名を見ることができました。
また、当時の状況として、「知」の集積が寺院や大都市といった「点」に集中しており、それゆえにそこで学ぶことができた今川義元や徳川家康の優位性に言及されていて、興味深い論考でした。

また、本書では随所に「大河ドラマ」という言葉が出てきて、日本人の歴史好き・歴史人物観に大河ドラマが大きな役割を与えていることが改めてわかりました(笑)

専門的な書籍もいいですが、時には純粋な歴史好きとして、このような夢のあるテーマに花を咲かせるのも楽しいものです。

ちなみに私の考える最強の武将は…いや、やっぱり一番は決められませんね。

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採用基準

MBA学生からの人気の高い戦略コンサルティング会社・マッキンゼーでコンサルタント、採用マネージャーとして活躍された伊賀泰代氏の「採用基準」を今更ながら読みました。
2012年発行の書籍で、当時は非常に評判だったように記憶していますが、その時は読む機会がなかったのですが、今般たまたま図書館で見かけて読んでみることにしました。

本書のタイトルから採用ないし就職活動に焦点を当てているように思えますが、その内容の大半は「リーダーシップ」についてです。
それは、マッキンゼーという会社が、その採用の可否の判断、あるいは採用後の育成においてリーダーシップを重視していることによります。

最初の方はマッキンゼーの採用基準とよくある誤解について書かれていたので、「コンサル会社ではこういう人材を求めているのか」「●●というよく聞く話は実は違うんだ」と、コンサル業界の話として読んでいましたが、「マッキンゼーはリーダーシップを重視している」という点から、リーダーシップはなぜ重要なのか、なぜ日本では重視されてこなかったのか、などのリーダーシップ論に入ります。
本書の大半がリーダーシップの話になっていることからも、タイトルとは異なり、本書のポイントがリーダーシップであることは明らかです。

では、なぜリーダーシップが重要なのか。
著者は、リーダー一人だけがリーダーシップを持っている(とっている)組織と、全員がリーダーシップを持っている(とっている)組織を比較しています。
そのうえで、前者においてはリーダー以外のメンバーが「指示待ち」人間になったり、全体のことを考えず自分の職務に専念してしまう一方、後者においては一人一人が全体のことを考え、自分なりに解決策を持ち、自律的に動くため、生産性が高いと指摘しています。

また、日本においてはリーダーシップが「管理者」や「調整役」といった役割と混同されがちであることが、また組織内において、「和」が重視される傾向にあることがリーダーシップを求められにくい背景にあるとしています。
さらに(あるいはそのような背景があるため)、職責上もリーダーシップが求められる管理職の登用の基準が年功序列であったり、プレイヤーとしての評価となっています。
つまり、リーダーシップが評価されないままにリーダーシップが求められるポジションに登用されていることになります。
逆にマッキンゼーではリーダーシップを評価したうえで、リーダーシップが求められるポジションに登用されるとのことです。

このほか、分権・共助の動きが進む中で、「リーダーシップの総量」の増加が求められていること、リーダーシップ自体はカリスマのような先天的なものではなく、学ぶこともできるし、実際にマッキンゼーに入社した方はリーダーシップを高めていき、リーダーシップを「会社から求められるもの」から「自分のためのもの」に昇華させていくそうです。

本書では、リーダーとして必要なこととして、
1.目標を掲げる
2.先頭を走る
3.決める
4.伝える
ということを掲げています。
どれも組織をまとめ、前に進んでいくために必要なことであるのを改めて考えさせられます。

著者も指摘する通り、リーダーシップとは管理職やチームのまとめ役だけに求められるものではなく、すべての人に求められるスキルで、リーダーシップを持つことで自分の視点や世界も違ったものになってくると思います。

自分自身、まだ管理職というポジションではありませんが、組織の一員としてパフォーマンスを高めるべく、また自分が将来リーダーのポジションに就いたときにきちんとリーダーシップを発揮していくためにも、リーダーシップ(特に上記の4つのポイント)について意識して仕事をしていかなくてはと感じさせられました。

 

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非産運用

NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)の導入に伴い、資産運用への注目度が高まっており、資産運用の中核となる投資信託を運用する資産運用会社(投資信託委託会社)についても、その社会的な役割がより大きくなっているところです。

社会的な役割が大きくなるということは、その責任も大きくなるということですが、そのような潮流を受けて、現在資産運用業界ではフィデューシャリー・デューティ(Fiduciary Duty:受託者責任)を掲げて、より顧客満足度の高い資産運用サービスの提供を行う動きが広がっています。
個人的には、受託者責任とは信託制度における概念であり、「お客様第一主義」といった概念とは異なるように思うのですが、良くも悪くも言葉の意味は変わるので、業務上は割り切って使っています。

このように、(金融庁の影響を受けながらも)資産運用業界がよりよいサービスの提供を目指す中、森金融庁長官による業界の注目を集める講演が行われました。

講演の中で、森長官は日本の資産運用業界の問題点について舌鋒鋭く指摘されています。
曰く、「積立NISAの基準を満たす(低コストで長期投資に適した)投資信託はわずかしかない」、「日系運用会社は販売会社(銀行・証券会社)の系列会社で、販売会社の都合によって商品を組成している」、「商品組成・運用・販売といった一連の流れにおいて、必ずしも顧客本位となっていない」など。

金融庁長官の指摘を待つまでもなく、これらの批判は多くの識者から受けてきましたし、今後我が国の資産運用業界が発展していくために解決していく必要がある課題だと思います。

では、資産運用会社はこのような課題についてどのように向き合っていく必要があるのでしょうか。
そのヒントを得るべく、森金融庁長官の考えを考察した書籍を読んでみました。

非産運用。字のごとく、資産運用業が実際には顧客に十分なリターンを提供していない、つまり投資家の資産をきちんと増やせていないという問題意識が根底にあります。

本書によると、森長官が資産運用改革に関心を持ち始めたのはニューヨーク勤務から帰国した後のことだそうです。
ニューヨーク駐在の間、多くの要人と積極的に面談を持ち、ネットワークと最新の知見の獲得に努めたそうです。
自分もオランダに留学していた時にそのようなことをしたいと思っていましたが、時間も能力も足りず十分にできなかったので、その熱意と能力は本当にすごいし、素晴らしいと思いました。

森氏が特に関心を持ったのは大手運用会社よりむしろヘッジファンドの運用担当者だったようです。というのも大手運用会社よりもヘッジファンドの方がより運用に命を懸けていると感じたからだそうです。命を懸けているということは、インセンティブもあるでしょうが、それだけ運用責任を果たそうとしているからだと考えると、その関心は今につながっているのかもしれません。

金融庁が資産運用業界の発展の環境整備を進めるにつれ、海外の資産運用会社が日本のマーケットに関心を強めているようです。
業界としてはレベルの高い競合が多いほど発展できますし、個人的にも働く選択肢が増えて、非常に望ましい傾向であると感じています。
実際、日系と外資系の運用会社両方で勤務してきましたが、外資系の方が優れている点も多く、そのような競合他社がシェアを拡大すれば、当然日系運用会社も改善を迫られますから、海外からの参入は業界のレベルの底上げにつながると期待しています。

また、資産運用業のあり方を考えるには、販売会社との関係は避けては通れません。
資産運用の中核となるの金融商品は投資信託と言っていいと思いますが、その投資信託は基本的には販売網と人員を有する銀行や証券会社によって販売されているからです。
投資信託会社の中には自社で運用から販売まで行う会社もありますが、基本的にはインターネットによる販売に限られ、投資家の関心を惹きつけるのが難しく、ファンドの規模が拡大しにくいのが実態です(さわかみファンドのような成功例もありますが)。
また、投資信託を販売するためには規制も厳しく、システム投資も小さくないので、収益性・効率性の観点からも販売会社に依存せざるを得ないということもいえます。

販売会社は自らどういう投資信託をどの程度、誰に売るという販売計画を立てて実行しますので、そこに投信会社が介入する余地はありません。
投信会社が「このような投資家のためにこのような商品を作りました」といっても、販売会社が別の認識でいれば、投信会社の意図とは異なった投資家に販売されるかもしれません。
また、投信会社が「この商品はこういう属性の人にしか売らないでください」というのは越権行為でもありますし、法令上も問題があるかもしれません。

だからこそ、販売会社がどのように投資信託をはじめとする金融商品を投資家に提供するか、ということが我が国における資産運用のキモではないかと思います。

どのようにすれば投資家・販売会社・運用会社が同じ方向を向いてwin-win-winの関係を築くことができるのか、というのは簡単な問いではないと思いますが、この課題を乗り越えなければ、確かに資産運用業界は限られたパイを奪い合うだけになってしまうのかもしれません。
資産運用を行うなら、保険や不動産などの方法もありますし(それぞれ金融庁から問題視されている点もありますが)、昨今ではFintechなどの参入もあり、彼らの動向次第では資産運用の主役の座すら奪われてしまうかもしれません。
彼らが投資家のために優れたサービスを提供し、競争の末に敗れるのならそれはそれで仕方のないことなのかもしれませんが、投資信託の力を信じている自分としては、そのようなことにはなってほしくはありません。

一つの方向性としては、販売インセンティブに収益を依存しないIFA・FPのような存在が身近になって、投資家がより自分の投資目的や財産の状況にあったポートフォリオを組むことができればいいのではないかと思います(本書では楽天証券がIFAと連携したサービスを推進していることが紹介されています)。
そのような中で新規ファンドの設定の頻度が抑えられ、既存ファンドごとの規模が大きくなれば、運用効率も上がるとともにオペレーションコストも低下するため、運用会社としてもより投資家の資産運用に貢献しやすくなると考えています。

ちなみに、本書によると米国では日本に比べ販売手数料も信託報酬も安価な傾向にあるそうで、この点は日本の資産運用業界としても見習う点もあるでしょう。
ただし、信託報酬については、海外の運用会社に運用を委託するために高めになっているという事情もあり、これは日本の運用会社の運用力・運用リソースを相当強化しなければこの差は埋まらないと思います。

また、興味深かったのが、海外の金融グループでは、あえてグループ内から資産運用会社を切り離す動きがあるということです。
資産運用業の受託者責任と金融グループ内の利害関係が相反する可能性があるということもありますが、販売会社としては一流なのに自グループに弱い運用会社を擁して、その商品を販売することは販売会社としての価値を毀損するという考え方があるようで、目から鱗でした。

資産運用業が成長産業であることもあり、日本の金融グループはむしろグループ内に運用会社を抱えようとする動きが強く、それも経営戦略として理解できるのですが、海外の動きとのコントラストが興味深いです。

他に興味深い論点としてパッシブ運用のあり方があります。
パッシブ運用とは、TOPIXや日経225、MSCIなどの指数に連動する投資成果を目指した運用のことで、一般的には運用者に裁量権はほとんどないといわれています。
パッシブ運用は独自の企業調査や投資判断を必要としないためコストが低く、かつ分散投資ができること、さらには平均するとアクティブ運用よりパフォーマンスが高い(この点は異論もあるようですが)ことから中長期の資産形成に適しているとされており、資産運用が重視される中で大きな役割を担うことが期待されています。
しかし、上記のとおり裁量権があまりないため、(トラッキングエラーの改善などの可能性はあるとはいえ)パッシブ運用の改善によって受益者に貢献するということはあまり考えたことがありませんでした。
しかし、使用する指数自体に質の良し悪しがあるとすれば、その指数自体を改善・変更することによってパッシブ運用の質を向上させることは可能です。
実際に東証はTOPIXより高いパフォーマンスが期待できる指数を開発しており、最近注目されている「JPX日経インデックス400」はその最たるものでしょう。
既に存在しているインデックスファンドの連動指数を変更するのは難しいにせよ、より高いパフォーマンスが期待できる指数に連動する商品を提供することで、パッシブ運用でも投資家により高いパフォーマンスを提供できるというのは、考えてみれば当然ですが、盲点でしたので良い気付きになりました。

他にも米国の大手運用会社・バンガードの取り組みなども詳細に紹介されていて、非常に興味深かったです。
バンガードはオペレーションもガバナンスも運用会社としては特殊な特徴を持ち、かねてよりその実態に関心があったので、大変参考になりました。

本書では海外の年金改革について紹介されていますが、年金改革の結果として自分で資産運用を行うようになることにより、投資経験がなかった人が資産運用に関心を持ち、資産運用について積極的に考えるようになることが我が国でも期待される中で、その信頼を勝ち得るために資産運用会社としてどのように振る舞うべきかということをよく考えなければいけないということを改めて感じさせられました。

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行蔵は我に存す

最近、ある少し変わったことをしたいと思って、知人にそんな話をしたら、「非現実的すぎる」と一笑に付されました。

確かに大変なことではありますが、何とか実現できる方法はないかと探してみると、これならいけるかも?、という方法がありました。
それを試したわけではないですが、「窮すれば通ず」とはよく言ったものだと思いました。

そして、同時に思ったのは、「大抵のことは方法を探ればなんとかなるのだから、自分のしたいことは自分で考えてやり抜いた方がよい」ということでした。

幕末の偉人・勝海舟の言葉に「行蔵は我に存す、毀誉は人の主張」というのがあります。
「行動は自分が行うもの、評価は人が行うもの」という趣旨で、幕臣ながら明治政府で活躍していることを福沢諭吉が批判したことに対する反応として知られています。

彼の言う通り、自分の行動に他人は様々な評価を加えますが、その行動の決断を行うのも、その結果を背負うのもすべて自分です。
他人の言葉に影響されても、その他人は自分の行動の結果を背負うことはありません(指示・命令などは除きますが)。

そうであれば、他人の評価に右往左往して自分の行動を制限してしまうのは割に合わないというようにも思えます。
だからこそ、自分のしたいことがあれば、他人の評価やアドバイスにとらわれず、挑戦してみればよいと思います。

冒頭に述べた通り、難しそうに思えても、大抵のことには乗り越えるための方法があります。あるいはその方法を作り出すことができると思います。

例えば、私がオランダに留学した時も、周りはほとんど反対しましたし、資金的にも困難が伴っていました。
実際、留学してからも、帰国してからも散々苦労しましたし、その意味では周囲の反対は間違ってはいなかったかもしれません。

それでも、最終的には自分の意思と努力でそのような困難を乗り切り、今はちゃんと生きています。
大多数の人が反対することでも、案外うまくいくことは多いです。
そもそも人と違うことをしようとする場合、多くの人はその知識や経験がない状態でアドバイスや批評を行います。そのような意見にどの程度の正確さや信頼性があるでしょうか。
もちろん、その知識や経験がある方のアドバイスは傾聴に値すると思いますが、そもそもそのような経験がある方は、「どうやったらできるか」という建設的なアドバイスをくれると思います。

もちろん、何かをするにあたって人にアドバイスを求めることは大事です。
しかし、それは自分の意思決定の精度・確度をより高めるためのものであるべきで、いい意見であってもなくても、それに盲従するのは本末転倒です。
そして、否定的なアドバイスをもらったとしても、それを踏まえてポジティブな方向に動くための参考にすることも可能だと思います。

といって、やりたいことはなんでも・いつでもやるべき、と言いたいわけでもありません。自分なりに勝算を考え、失敗した時のプランBは準備しておくべきです。
それができたなら、(他人に迷惑をかけない限り)外野が何を言おうが関係ありません。
やりたいことはやりましょう。

行蔵は我に存す、毀誉は人の主張、です。
私も自分のやりたいことは、人に迷惑をかけないように気を付けて、リスクをしっかり管理しながら、どんどんやっていきたいと思っています。

※この記事の内容自体も、「他人の意見」にすぎないのでご注意ください(笑)

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人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

長時間労働・人手不足という言葉を聞かないくらい、労務問題に注目が集まっている昨今ですが、その一方で世代内・世代間格差や貧困の問題も依然として深刻です。

その理由の一つは労働者、特に特定のカテゴリー(世代・産業・雇用形態など)に属する労働者の賃金が増えていないことであると考えられます。
人手不足なのに、なぜか。

その問題を考えるヒントとして専門家たちの考えをとりまとめたのが、著名な労働経済学者である玄田有史先生編の「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」です。
たまたまある方から勧めていただいて、労務問題はホットなトピックでもあったことから読んでみました。

本書は16組の労働経済の専門家の方が、それぞれの視点から「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」を考察されています。

著者の方はみなさん労働経済の専門家ですので、経済学の視点・手法から考察をされていますが、着目するポイントはそれぞれ異なっていますので、多様な観点からこの問題を考えることができます。
主なポイントとしては、労働力の需給関係行動経済学制度・規制雇用形態能力開発・生産性年齢・世代が挙げられています。

様々なポイントから論じられていて、どの視点も興味深かったのですが、特に関心を持ったのが、賃金の下方硬直性は上方硬直性を伴うこと福祉・介護産業の賃金構造就職時の雇用環境が相対的に固定化すること、そして機関投資家による影響でした。

賃金の硬直性について
賃金の下方硬直性とは、労働者は賃金が上がることより下がることに敏感で、モチベーションにも大きく影響するため、(名目)賃金は容易に下げられないという賃金の特徴を指します。
それゆえに、経営者は経営状況が芳しくないときでも賃金を下げられず、それを危惧するがゆえに経営状況が良好な状況においても容易に賃金を上げられないという賃金の上方硬直性が発生していると指摘されています。
ただし、賃金の硬直性は固定給に着目して議論がなされていますが、賞与を含めると傾向として大きな増減が認められますので、賃金の硬直性は賞与によって軽減されていると考えてよいと思います(それ自体が賞与の意義でもあると考えています)。

20世紀末から長らくベースアップが見送られてきたのもこのような背景があり、最近ベースアップが復活する傾向にあるのは、経営側としても労務環境の改善や労働者のモチベーション維持のために相当の覚悟をしているのではないかと思います。

福祉・介護産業の賃金構造について
本書においては、労働者の賃金が上昇しにくい背景の一つとして、大きな労働需要を持つ介護・福祉産業の賃金形態が挙げられています。
介護・福祉産業におけるサービス利用者の大半が介護保険の対象者ですが、介護保険制度の下、サービスごとの報酬額が定められており、サービス提供者がサービスの価格を決めることはできません。
さらに利用者が増加すると財政に負担がかかり、さらに介護報酬が引き下げられ、結果として介護・福祉産業に従事する労働者の待遇が低下するという悪循環にあります。
これは規制・制度による賃金の上方硬直性といえます。

さらに、これは他産業の労働者の賃金にも影響する可能性はあります。
本書でも指摘されていますが、労働者と会社が賃金交渉をする際に、労働者のカードとして「他の産業で働けばこれだけもらえる」というものがあり、福祉・介護産業はその候補になりますが(※)、その福祉・介護産業の賃金が抑えられていると、結果として労働者側の交渉力が低下することになります。
これも賃金が上がりにくい背景として考えられるかもしれません。
※実際にリーマンショックの際などは製造業から福祉・介護産業への労働力の流入が見られています。

就職時の雇用状況の相対的な固定化について
賃金統計の分析においては世代や産業、雇用形態(正規・非正規)といった条件ごとに議論がなされますが、本書においては就職氷河期世代の他の世代に対する相対的劣位が長期間固定していることが指摘されています。
そしてその就職氷河期世代が労働人口の大きな割合を占めているため、統計上、全体としての賃金の伸びを抑制しています。

就職氷河期世代の方がその就職開始時において他の世代に対して就労条件が悪かったことは容易に想像できますが、それが長期間固定化されているというのは始めて認識しました。
確かに、雇用環境・経営状況が変わったとしても、特定の年齢層にだけ条件をよくするということは難しいでしょうし、転職しても待遇面は前職の条件を考慮されることが多いですので、長期間(さらには老後の社会保障においても)劣位に置かれることは、その世代の方からすれば理不尽でしょうが、そのようになってしまうものかもしれません。

また、不況の時代においても企業が「従業員の雇用を守った」事例は多くあり、それ自体は美談なのかもしれませんが、それがその時期の若年者(就職氷河期世代)へのツケとなっている側面もあり、このような雇用環境をどのように評価するかは難しいところだと思います。

そのほかに就職氷河期世代が他の世代に対して相対的に劣位に置かれている背景としては、直前のバブル期世代の就労者が多いことによる人事上の不利益社内における人材育成が十分になされなかったことによる生産性の劣後などが指摘されています。

会社の人材育成力の低下については複数の方が考察されていますが、非正規社員の正社員の代替や機関投資家によるプレッシャー(OJTは株主価値への寄与が明示的でないのであまり力を入れてもらえない)がその背景として指摘されており、中堅社員として(といっても部署内では一番若いのですが…)、あるいは機関投資家の従業員として考えさせられるポイントでした。

機関投資家の影響
20世紀末から21世紀初頭に発生した経営環境の大きな変化の一つに、ガバナンスの構造が変化したということが挙げられると思います。
具体的には、メインバンクを中心としたガバナンスから、株主(機関投資家)によるガバナンスへの変容ということが言えます。

本書では大きく取り上げられてはいませんでしたが、先ほどの人材育成をはじめ、いくつかの問題の背景として機関投資家によるガバナンスが挙げられていました。

もちろん、会社の経営には株主以外のステークホルダーとの協調が不可欠で、東京証券取引所の「コーポレートガバナンス・コード」にもそのように書いていますが(基本原則2)、昨今では四半期開示が求められていることからもわかるように、上場企業は中長期的というより短期間のうちに明確な成果・利益を出すことが求められています。

中長期的な関係を前提としたメインバンク制の下では中長期的な人事制度・人材育成も可能であったと思いますが、機関投資家によるガバナンスが強くなると、短期的に明確な成果を出せない施策は行いにくく、人材を内部育成するより必要な人材を外部から採用するという方向に動きやすくなります。
また、最近では外国人株主の株式保有割合も高まっていますが、外国人株主の影響が強い企業は賃金が低いという指摘もなされており、このようなガバナンス・株主構造が賃金構造に及ぼす影響も無視できません。

投資信託委託会社を含む機関投資家は、投資家から預かったお金を、投資家の利益のみを追求して利益を出すのが使命です。それは日本の資産運会社も、外国のヘッジファンドであっても同じことです。
そして、そのためには投資先の企業により多くの利益を出すために働きかけることも必要な場合があります。
その点では、外国人株主が収益の配分を従業員より株主に手厚くするようにプレッシャーをかけることも理解できます。

一方で、ユニバーサルオーナーという考え方もあるように、巨額の資金を運用し、多数の企業に投資する資産運用会社は社会全体の一部を保有しているともいえます。
社会全体(の一部)を保有するのであれば、個々の企業の利益を最大化するより、ESG(環境・社会・ガバナンス)を重視し、社会全体の総和を考慮した投資活動を行うことにより、資産運用会社のポートフォリオのリターンも向上するという考え方も成り立つと思います。

特に資産運用会社の投資資金の出し手の大半は年金基金や投資信託といった、いわば労働者のお金です。
そのように考えると、短期的なリターンのために投資先企業の従業員の賃金を抑えて利益を求めることが、本当に資金の出し手のためになるのか、ということはよく考えなければならないと思います。

このほかにも多くの示唆があり、我が国の雇用問題を考える上で非常に参考になりました。
例えば、非正規労働者市場においては、女性・高齢者の流入により労働力の供給曲線が弾力的になっているため、労働需要が増えても賃金水準があまり増えないという指摘は、言われてみれば当然なのですが、なるほどと思いました。
もちろん、女性・高齢者労働力も無限ではないので、いつかは枯渇し「ルイスの転換点」に達し、そこからは急激に賃金水準が上がると分析されていますが、昨今はAIの導入も進んでおり、非正規労働者の代替が進めば「ルイスの転換点」は存在しなくなるだけでななく、労働供給曲線自体が下方に移動し、より賃金水準が低下するのかもしれません。
よく指摘されることではありますが、AIは我々の暮らしを豊かにしてくれる一方、我々の雇用のあり方にも大きな影響を及ぼすことが容易に想定され、自分たちの雇用・賃金をどのように維持していくのか、というのはこれまで以上に意識する必要がありそうです。

本稿でも経済学の用語が登場しているように、本書では経済学(や統計学)という手法を用いて雇用問題を分析していますが、経済学にそれほど詳しくない方でも十分理解できるように説明されていますので、敷居はそれほど高くはないと思います。

論点が多岐にわたることから、雇用問題に関心のある方のほか、人事制度や人材育成、投資者、人材紹介など様々な業種・職種の方にとって有用であると思います。

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ブロックチェーンの可能性・課題と新技術・ビジネスの捉え方

その言葉を目にしない日はないくらい盛り上がりを見せているFintechですが、その中でも最も注目されている技術の一つがブロックチェーンです。
すでにビットコインなどで実用化されていますし、MUFGなど銀行が独自のコインの導入を目指す動きも起こっています。

個人的にもブロックチェーンやビットコインといった技術には多くの可能性を感じていて関心があったのですが、先日Fintechの授業でブロックチェーンについての講義を受けることができました。
日本におけるこの分野の第一人者の方がゲストとしてプレゼンを行ってくださったのですが、こういう機会を得られるのも大学院のありがたいところです。

講義の内容はブロックチェーンの技術的な説明とその応用・実用の説明でした。

技術的な部分について、これまで漠然とした理解しか持っていませんでしたが、専門家の方から説明を受けて、少し理解が深まりました。
また、その技術的な限界についても説明を受け、ブロックチェーン・ビットコインも万能ではないのだということを知ることができました。

例えば、ブロックチェーンの技術を使ったビットコインの世界では、概ね10分に1回新しいブロック作成のための計算(マイニング)がなされていますが、そのための計算には膨大な電気を消費することになり、そのコストは無視できないものです。
しかも、取引が多くなるほど計算量も多くなり、したがってコストも高くなります。

自分の計算により新しいブロックが作成されたときは、自分に入金するという報酬が発生するのですが、報酬額はブロックの累計数に応じて逓減していくため、マイニングの報酬がコストに見合わなくなるとそのシステムが適切に機能しなくなると思われます(ブロックの作成時間が長くなる、あるいは新たなブロックが作成されなくなり取引が止まる)。
しかも、そのブロックチェーンシステム上に貨幣取引以外のアプリケーションが稼働していた場合、それらのアプリケーションも機能しなくなる恐れもあり、この不安定性が社会インフラとしてのハードルであると指摘されていました。

また、チェーンの分岐(唯一性)、ネットワークやガバナンスにおける課題も紹介されており、これらも興味深いものでした。

もちろん、このような課題を含みながらも、ブロックチェーン、あるいは分散レッジャー(台帳)といった技術はこれからも進歩するでしょうし、その中で新しい活用方法も考えられていくものだと思います(講師の方もそのようにおっしゃっていました)。

また、カンボジア中央銀行がHyperledger Irohaとよばれる分散レッジャーを銀行決済に導入する取り組みを進めており、実現すれば世界初の法定通貨のデジタル化となるということをおっしゃっていました。
興味深かったので関連する記事を読んでみると、ブロックチェーンによる決済を安定して迅速に行う基盤として導入を検討しているようです。
ソラミツ株式会社プレスリリース「ブロックチェーン「Hyperledger Iroha(いろは)」の中央銀行・金融監督当局への採用」

決済システムの整備が遅れている途上国がイノベーションにより、既存のシステムの改善ではなく、一足飛びで決済システムの向上を図るという点が興味深かったです。
途上国では通信システムが先進国に比べ発展していない一方、携帯電話の普及率が先進国並み、あるいはそれ以上ということも珍しくなく、その状況もこのようなイノベーションに適しているといえるのかもしれません(この携帯電話の事例自体が、イノベーションにより既存のシステム改善を飛び越えたケースでもあります)。

講師の方もおっしゃっていましたが、新しい技術の活用を考えるなら、目先ではなく中長期的な目線を持つことが必要で、その間の社会のトレンドや課題・ニーズを考えて、その中で求められる技術やビジネスを展開していかなくてはならないと思います。

我々の資産運用業界においてもFintechの波は押し寄せていますが、例えば今から10年(~30年)の間に資産運用業界にはどのようなトレンドが訪れ、どのような課題・ニーズに応えていかなければならないのか、ということにしっかりと向き合っていく必要があると思います。

もしかすると、それに気づいたということがこの講義の一番の収穫であったかもしれません。
今後もこの課題を頭の片隅において業務・勉学に励みたいと思います。

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