非産運用

NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)の導入に伴い、資産運用への注目度が高まっており、資産運用の中核となる投資信託を運用する資産運用会社(投資信託委託会社)についても、その社会的な役割がより大きくなっているところです。

社会的な役割が大きくなるということは、その責任も大きくなるということですが、そのような潮流を受けて、現在資産運用業界ではフィデューシャリー・デューティ(Fiduciary Duty:受託者責任)を掲げて、より顧客満足度の高い資産運用サービスの提供を行う動きが広がっています。
個人的には、受託者責任とは信託制度における概念であり、「お客様第一主義」といった概念とは異なるように思うのですが、良くも悪くも言葉の意味は変わるので、業務上は割り切って使っています。

このように、(金融庁の影響を受けながらも)資産運用業界がよりよいサービスの提供を目指す中、森金融庁長官による業界の注目を集める講演が行われました。

講演の中で、森長官は日本の資産運用業界の問題点について舌鋒鋭く指摘されています。
曰く、「積立NISAの基準を満たす(低コストで長期投資に適した)投資信託はわずかしかない」、「日系運用会社は販売会社(銀行・証券会社)の系列会社で、販売会社の都合によって商品を組成している」、「商品組成・運用・販売といった一連の流れにおいて、必ずしも顧客本位となっていない」など。

金融庁長官の指摘を待つまでもなく、これらの批判は多くの識者から受けてきましたし、今後我が国の資産運用業界が発展していくために解決していく必要がある課題だと思います。

では、資産運用会社はこのような課題についてどのように向き合っていく必要があるのでしょうか。
そのヒントを得るべく、森金融庁長官の考えを考察した書籍を読んでみました。

非産運用。字のごとく、資産運用業が実際には顧客に十分なリターンを提供していない、つまり投資家の資産をきちんと増やせていないという問題意識が根底にあります。

本書によると、森長官が資産運用改革に関心を持ち始めたのはニューヨーク勤務から帰国した後のことだそうです。
ニューヨーク駐在の間、多くの要人と積極的に面談を持ち、ネットワークと最新の知見の獲得に努めたそうです。
自分もオランダに留学していた時にそのようなことをしたいと思っていましたが、時間も能力も足りず十分にできなかったので、その熱意と能力は本当にすごいし、素晴らしいと思いました。

森氏が特に関心を持ったのは大手運用会社よりむしろヘッジファンドの運用担当者だったようです。というのも大手運用会社よりもヘッジファンドの方がより運用に命を懸けていると感じたからだそうです。命を懸けているということは、インセンティブもあるでしょうが、それだけ運用責任を果たそうとしているからだと考えると、その関心は今につながっているのかもしれません。

金融庁が資産運用業界の発展の環境整備を進めるにつれ、海外の資産運用会社が日本のマーケットに関心を強めているようです。
業界としてはレベルの高い競合が多いほど発展できますし、個人的にも働く選択肢が増えて、非常に望ましい傾向であると感じています。
実際、日系と外資系の運用会社両方で勤務してきましたが、外資系の方が優れている点も多く、そのような競合他社がシェアを拡大すれば、当然日系運用会社も改善を迫られますから、海外からの参入は業界のレベルの底上げにつながると期待しています。

また、資産運用業のあり方を考えるには、販売会社との関係は避けては通れません。
資産運用の中核となるの金融商品は投資信託と言っていいと思いますが、その投資信託は基本的には販売網と人員を有する銀行や証券会社によって販売されているからです。
投資信託会社の中には自社で運用から販売まで行う会社もありますが、基本的にはインターネットによる販売に限られ、投資家の関心を惹きつけるのが難しく、ファンドの規模が拡大しにくいのが実態です(さわかみファンドのような成功例もありますが)。
また、投資信託を販売するためには規制も厳しく、システム投資も小さくないので、収益性・効率性の観点からも販売会社に依存せざるを得ないということもいえます。

販売会社は自らどういう投資信託をどの程度、誰に売るという販売計画を立てて実行しますので、そこに投信会社が介入する余地はありません。
投信会社が「このような投資家のためにこのような商品を作りました」といっても、販売会社が別の認識でいれば、投信会社の意図とは異なった投資家に販売されるかもしれません。
また、投信会社が「この商品はこういう属性の人にしか売らないでください」というのは越権行為でもありますし、法令上も問題があるかもしれません。

だからこそ、販売会社がどのように投資信託をはじめとする金融商品を投資家に提供するか、ということが我が国における資産運用のキモではないかと思います。

どのようにすれば投資家・販売会社・運用会社が同じ方向を向いてwin-win-winの関係を築くことができるのか、というのは簡単な問いではないと思いますが、この課題を乗り越えなければ、確かに資産運用業界は限られたパイを奪い合うだけになってしまうのかもしれません。
資産運用を行うなら、保険や不動産などの方法もありますし(それぞれ金融庁から問題視されている点もありますが)、昨今ではFintechなどの参入もあり、彼らの動向次第では資産運用の主役の座すら奪われてしまうかもしれません。
彼らが投資家のために優れたサービスを提供し、競争の末に敗れるのならそれはそれで仕方のないことなのかもしれませんが、投資信託の力を信じている自分としては、そのようなことにはなってほしくはありません。

一つの方向性としては、販売インセンティブに収益を依存しないIFA・FPのような存在が身近になって、投資家がより自分の投資目的や財産の状況にあったポートフォリオを組むことができればいいのではないかと思います(本書では楽天証券がIFAと連携したサービスを推進していることが紹介されています)。
そのような中で新規ファンドの設定の頻度が抑えられ、既存ファンドごとの規模が大きくなれば、運用効率も上がるとともにオペレーションコストも低下するため、運用会社としてもより投資家の資産運用に貢献しやすくなると考えています。

ちなみに、本書によると米国では日本に比べ販売手数料も信託報酬も安価な傾向にあるそうで、この点は日本の資産運用業界としても見習う点もあるでしょう。
ただし、信託報酬については、海外の運用会社に運用を委託するために高めになっているという事情もあり、これは日本の運用会社の運用力・運用リソースを相当強化しなければこの差は埋まらないと思います。

また、興味深かったのが、海外の金融グループでは、あえてグループ内から資産運用会社を切り離す動きがあるということです。
資産運用業の受託者責任と金融グループ内の利害関係が相反する可能性があるということもありますが、販売会社としては一流なのに自グループに弱い運用会社を擁して、その商品を販売することは販売会社としての価値を毀損するという考え方があるようで、目から鱗でした。

資産運用業が成長産業であることもあり、日本の金融グループはむしろグループ内に運用会社を抱えようとする動きが強く、それも経営戦略として理解できるのですが、海外の動きとのコントラストが興味深いです。

他に興味深い論点としてパッシブ運用のあり方があります。
パッシブ運用とは、TOPIXや日経225、MSCIなどの指数に連動する投資成果を目指した運用のことで、一般的には運用者に裁量権はほとんどないといわれています。
パッシブ運用は独自の企業調査や投資判断を必要としないためコストが低く、かつ分散投資ができること、さらには平均するとアクティブ運用よりパフォーマンスが高い(この点は異論もあるようですが)ことから中長期の資産形成に適しているとされており、資産運用が重視される中で大きな役割を担うことが期待されています。
しかし、上記のとおり裁量権があまりないため、(トラッキングエラーの改善などの可能性はあるとはいえ)パッシブ運用の改善によって受益者に貢献するということはあまり考えたことがありませんでした。
しかし、使用する指数自体に質の良し悪しがあるとすれば、その指数自体を改善・変更することによってパッシブ運用の質を向上させることは可能です。
実際に東証はTOPIXより高いパフォーマンスが期待できる指数を開発しており、最近注目されている「JPX日経インデックス400」はその最たるものでしょう。
既に存在しているインデックスファンドの連動指数を変更するのは難しいにせよ、より高いパフォーマンスが期待できる指数に連動する商品を提供することで、パッシブ運用でも投資家により高いパフォーマンスを提供できるというのは、考えてみれば当然ですが、盲点でしたので良い気付きになりました。

他にも米国の大手運用会社・バンガードの取り組みなども詳細に紹介されていて、非常に興味深かったです。
バンガードはオペレーションもガバナンスも運用会社としては特殊な特徴を持ち、かねてよりその実態に関心があったので、大変参考になりました。

本書では海外の年金改革について紹介されていますが、年金改革の結果として自分で資産運用を行うようになることにより、投資経験がなかった人が資産運用に関心を持ち、資産運用について積極的に考えるようになることが我が国でも期待される中で、その信頼を勝ち得るために資産運用会社としてどのように振る舞うべきかということをよく考えなければいけないということを改めて感じさせられました。

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