英仏旅行記②

ロンドン二日目は、まず市内の大きい公園であるRegent’s Parkを訪れました。

ゆーけーのお仕事日記-Regent's Park
Regent’s Park

ロンドン中心部には新宿御苑規模の大きな公園がいくつもあり、整備も良くされていてしかも無料です。

ストレスがたまる日々も気持ち良く過ごせそうな感じでした。

で、そのRegent’s Parkには、世界最高峰MBA(2009年FTランキング1位)のLondon Business Schoolがあります。あこがれの学校なので少し中に入ってみました。

ゆーけーのお仕事日記-LBS
LBSのロゴ

学内は静かで人もあまりいませんでしたが、学生とすれ違うたび、これが世界トップレベルのビジネスパーソンなんだな~と感慨にふけっていました。

続いて、同じく欧州を代表するMBAコースを擁するシティ大学を訪れました。

ゆーけーのお仕事日記-シティ大学
シティ大学

名前のとおり、ロンドン金融街のシティに近い所にあり、シティの息づかいが聞こえてきそうな感じです。

そして、世界を代表する金融の中心地、シティへ。

まず最初に目に入ったのが、英国の中央銀行であるイングランド銀行

ゆーけーのお仕事日記-イングランド銀行
イングランド銀行

そしてその向かいには、かつての取引所である王立取引所が。

ゆーけーのお仕事日記-王立取引所
王立取引所

そしてそこから少し歩くと、シティの金融街。

ゆーけーのお仕事日記-ロンドン・シティ

さらに歩くと、ロンドン塔タワーブリッジ

ゆーけーのお仕事日記-ロンドン橋
タワーブリッジ

そんな感じで、自分の将来像を描くのに充実した一日でした。

カテゴリー: 旅行記 | コメントする

英仏旅行記①

先日、豚インフルエンザが心配される中強行した英仏旅行について、備忘も兼ねて書き綴ってみたいと思います。

成田を発って12時間、ロンドンヒースロー空港に到着。

日本との時差は9時間あるうえ、イギリスは夜遅くまで明るいので強烈な時差ボケ。

飛行機の中で寝たのですが、無理やり寝て体を現地の時間に合わせました。

ちなみに、ホテル近くの駅にあった路線図です。

ゆーけーのお仕事日記-Earl's Court

Earl’s Courtはロンドンの南西部にあります。

ちなみに、ロンドン地下鉄の路線図には複数の種類があり、他にトイレのある駅がわかりやすく記された路線図もあります。

ロンドンでは日本のようにすべての駅にトイレがあるわけではなく、コンビニがあちこちにあるわけでもないので、トイレの場所の把握は非常に重要なようです。

翌日は、まず英国第一の観光名所とも言える大英博物館(British Museum)に。

ナポレオンが見つけたというロゼッタストーンをはじめ、エジプトや世界中の歴史的な資料が所狭しと陳列されていました。

ゆーけーのお仕事日記-ロゼッタストーン
ロゼッタストーン

ホント、世界中からよくここまで集めたものだと感心しました。

ちなみに、大英博物館は入場無料。

世界中から宝物を集めているという責任もあるのでしょうが、文化的な刺激を重視するイギリスの考え方がうかがえるような気がします。

大英博物館を出ると、イギリス名物のフィッシュ・アンド・チップスを食べました。

おいしいのですが、日本でもよくある魚のフライ?という感じでした。

ただ、大きい。

次に、きれいな建物で知られるウェストミンスター寺院ビック・ベン(国会議事堂)へ。

ロンドンは地下鉄網が整備されているので、簡単に行けました。

ゆーけーのお仕事日記-ウェストミンスター寺院
ウエストミンスター寺院

ゆーけーのお仕事日記-ビッグ・ベン
ビッグ・ベン

二つとも、歴史があるうえ、造りが繊細。しかも大きい。

東京の中心にこれに相当する建物があるかと考えてみましたが、思い浮かびませんでした。

皇居と国会議事堂くらいでしょうか。

素晴らしい建物はたくさんありますが、歴史と規模、精巧さを兼ねる建物はないように思います(もちろん、東京にも世界に誇る観光名所は多いですが)。

このあと、ウォータールー(ワーテルローの戦いが行われた場所ではありません)近くの水族館に行き、ホテルに帰還。

ウォータールーはロンドンの南東部にありますが、現在開発中のようです。

かつてはユーロスターの英国側の駅だったのですが、意外に発展していない気がしました。

雰囲気は品川に似ている感じでしょうか。

日本で地下鉄に乗りなれているので、特段困ることはありませんでした。

ただ、乗っているうちに、地下鉄の「Mind the Gap(ホームと車両の隙間に注意)」のキャッチフレーズがなぜか好きになりました。発音もカッコ良かったです(ただの英語コンプ?)。

ということで、初日はこんな感じでした。(続く)

カテゴリー: 旅行記 | コメントする

帰ってきました

1週間英国・フランスに旅行に行ってきましたが、新型インフルエンザに引っかかることもなく、帰ってきました。
1週間日本の情報がなかったので、何か起こってるかなと思いましたが、あまり何もなさそうな感じでしたね。
小沢代表辞任は驚きましたが(で、鳩山代表なんですか…)
とりあえずの感想は、日本は物価が安いし便利。
なんだかんだで日本は住みやすい国だと思います。
あとは、英仏は歴史を感じさせる建物が普通に市内に溶け込んでました。
ゆーけーのお仕事日記-パリの下町
パリの下町
このあたりは日本と異なるかもしれません。まあ、善し悪しの問題でもないでしょうが。
あとは、やはり英語ができると便利です。
フランスでも英語のやり取りでやっていけました。
今回は、ツアーのプログラム・添乗員一切ありませんでしたが、むしろそのほうが楽しめてよかったです。
というわけで、何回かに分けて旅行で見た英国・フランスの様子を載せていきたいと思います。
カテゴリー: 趣味や遊び♪ | コメントする

英仏行ってきます

新型インフルエンザが大変なこの時期ですが、今日から1週間英国イギリス・フランスフランスに行ってきます。
今日のニュースを見ると、とりあえず感染者第1号にはならなさそうです。

カテゴリー: 趣味や遊び♪ | コメントする

夏までに頑張りたいこと

夏に向けて頑張りたいこと ブログネタ:夏に向けて頑張りたいこと 参加中

目標を立てることは、日々の生活を充実させるのに大切なことだと思います。
特に期限を決めることは、その目標に向けた行動を促す意味で、是非しておきたいと思います。
ということで、スイカに向けて頑張りたいこと
秋くらいにTOEFLを受けようと思うので、英語力の向上英語
特に、必須の単語を覚える、リスニング力の向上に努めたいところです。
もちろん、アウトプットも。
次にダイエット。
学生時代から10キロ近く、1年前からでも5キロ太ってしまったので、なんとか体重を減らしたい。
(現在もかろうじてやせ型ですが、この勢いで行くとあっという間に太ってしまう・・・ガクリ
毎日プールに行って、体にいいものを食べて、悪いものは控える。
ストレス溜まりそうだけど、太ってもストレス溜まるし・・・
うまく工夫してがんばろっと。
数値で結果が分かる目標に取り組むのは楽しそうですね。
多分。
カテゴリー: その他生活等関連 | コメントする

酒は飲めども

GWは終わってしまいましたが、梅雨が明けると、今度は花火や枝豆と、お酒ビールがおいしい季節です。

お酒は楽しく飲めばおいしいものですが、飲み方を間違えると大変なことになります。

現代でも失敗の種になりがちなお酒ですが、これは昔からの人間の性のようです。

ということで、今回はお酒のお話です。

・酒で失敗する人間が多いだろうなあ

中国で初めてお酒ができたのは、古代の聖人・禹の頃とされています。
ある時、お酒を発明した人が、禹に献上しました。
禹がその酒を飲んで言うには、「これはとても美味しい。しかし、この酒のために将来国を滅ぼす人間が出てくるだろう」と。

以降、禹は酒の味を認めながらもお酒を遠ざけたそうです。

正に至言。お酒が命取りになった人間はこれ以降数知れずいるわけですが、とはいえ遠ざけられないものです。
まあ、「酒は百薬の長」というように、さまざまな効能があったり、人間関係を円滑にするという良い面も多いわけなので、適度にということを心掛けたいところです。

これって、たばこや娯楽、果てはサブプライムローン問題の一因になった証券化など何にでも当てはまる法則でもあるかもしれません。

・酔った無礼が命取り

時代は下って、秦末期。
秦に反乱を起こした農民の陳勝は瞬く間に勢力を拡大し、その中で趙という国に部下の武臣を王として派遣しました。
そこでも秦との対抗、勢力拡大が重要で、武臣は秦の人間を取り込むなどして勢力拡大を図りました。
そんなある日、宴に出かけていた武臣の姉と、元秦将の李良という人物が出くわします。
李良は下馬し礼をするのですが、武臣の姉は酔っていて彼をぞんざいに扱います。
李良はプライドも高く、この行為に激怒。秦から寝返り工作を受けていたこともあり、この姉や武臣を殺害し、秦に寝返ります。

悪気はなかったとはいえ、言葉通りお酒が命取りになりました。

この直後、趙は秦軍の猛攻を受け、苦闘することになります。

・酔いがさめたら君主でした

さらに時代は下って、宋の時代。
唐が滅び、中国が分裂する中、後周という国が生まれました。
後周の世宗は優れた君主でしたが、彼がなくなり、その遺児が後継となると、あまりに若年であるため、世宗の側近であった趙匡胤を新たな君主として擁立することを望む声が高まりました。

趙匡胤自身はそれを渋っていましたが、彼が宴会で酔いつぶれたすきに彼の部下が無理やり君主として擁立してしまいます。
まさに、気がついたら君主だったというわけです。

そんな彼は、宋王朝設立後、力を持った功臣をうまく引退させるのにも酒の席を使いました。
ある時、酒の席で「皇帝の座は狙うものも多いし大変だ。諸君もかつがれたらどうする?」と。
王朝設立後、功臣が粛清されるケースは多いので、功臣たちは震えあがり「どうすればいいのです?」とすがります。
そこで、狙い通り「人生は短いのだから、あとは気楽に過ごしては?」と引退を勧め、自らの権力の座を安定させることに成功します。

優れたリーダーは酒の席の有効活用にも長けているのかもしれません。

カテゴリー: 歴史コラム(メルマガ) | コメントする