機関投資家に聞く

調査・取引だけでない機関投資家の運用

個人的なイメージとして、運用会社の運用部門の代表的な職務(あるいは花形)と言えばファンドマネージャー、そしてアナリスト(エコノミスト等を含む)という二つのポジションが頭に浮かびます。私は運用会社の運用部門に属したことがないのであくまで外から見たイメージに過ぎませんが、一般の投資家や運用会社への就職を希望する方のイメージも同様ではないかと思います。

そして運用のプロセスとして、アナリストが企業調査を行い、ファンドマネージャーがその情報に基づき有価証券の購入・売却という投資判断を行って取引する、というのが一般的なイメージではないでしょうか。
私自身、業界外の人から運用会社の運用って何をしているのかを聞かれたら上記のように答える気がします。

実際、古典的な運用会社の投資先企業への関与の仕方は「ウォール・ストリート・ルール」と呼ばれ、業績等に不満があれば株式を売却し、それによって株価が低下することで当該企業へのシグナルとする、というものでした。
しかし、現在の運用会社の運用、すなわち運用パフォーマンスの追求は取引以外の方法でも行われています。それが議決権行使であり、議決権行使の前提となる企業との対話です。企業との対話を通じて機関投資家の考えを当該企業に伝え改善を促す方法はエンゲージメントとも呼ばれます。

この背景にはまず議決権行使も運用会社の受託者責任の一部であることが法令上明確にされたことがあり、日本では1967年に証券投資信託法(現在の投資信託法)で投資信託委託会社の議決権行使義務が定められ、米国では1988年にエイボン・レターで議決権行使が企業年金の運用会社の受託者責任の一部であることが示されています。
さらに英国や日本でスチュワードシップ・コードが導入されることによって、それを採択した運用会社は投資先企業の企業価値向上のために議決権行使を行うだけでなく必要に応じて投資先企業と対話をし企業価値向上のための行動を促すことも求められるようになりました。

このように考えると、現在の運用会社の運用行為は大きく分けると「(企業)調査」・「投資判断及び取引の執行」・「投資先企業の企業価値向上のための取組み」の3つに分けられるようになっているのではないかと思います。
このうち最後の「投資先企業の企業価値向上のための取組み」は新しい分野であるため私自身運用会社にいても具体的にどのような業務なのかイメージが難しいと感じています。運用会社の人間が企業の幹部やIR担当者とコミュニケーションを取ることはわかりますが、運用会社はどのようなレベル感や視点で企業に提案を行い、企業側はそれをどの程度真剣に受け止めているのかというのはその現場にいないと把握が難しいと思います。

また最近ではESG投資やSDGsという言葉が広がり、運用会社としてもそれらを考慮した投資行動が求められますが、特にE(環境)やS(社会)は関連するステークホルダーが多い(例えばNPO/NGOや行政)ため、運用会社としてそれらのステークホルダーとどのような距離感を持つのが望ましいのかということも運用会社の受託者責任との関係において重要な課題だと考えていますが、運用者ではない自分にはなかなか答えが出ない問題でもありました。

そんなモヤモヤを抱えていたところ、この度非常に参考になる書籍が出版されたとTwitterで見かけたので早速購入して読んでみました。
旬刊商事法務編集部編『機関投資家に聞く』という書籍です。タイトルがそのものズバリですね。

 

 

『機関投資家に聞く』の特徴

本書は大きくエンゲージメント等を取り巻く環境の概説、機関投資家及び指数会社などに対する議決権行使やエンゲージメントの体制に関するインタビュー(アンケート)、そして運用会社の運用者の座談会で構成されています。
本書の特徴としては機関投資家等の議決権行使・エンゲージメントの詳細が掲載されていることと座談会で運用者のエンゲージメントに対する考え方や問題意識が深くかつ広く語られていることだと感じました。

機関投資家へのインタビューは野村アセットマネジメントやブラックロックといった大手運用会社だけでなくFederated Hermesやガバナンス・フォー・オーナーズ・ジャパンといったESGやエンゲージメントに強みのあるユニークな会社も対象にしている点が興味深いです。
さらにGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人:日本最大の公的年金基金)やCalPERS(カリフォルニア州公職員退職年金基金:米国最大の公的年金基金)といったアセットオーナーやMSCIやFTSEなどの指数会社のインタビューもあり、特に海外の年金基金や指数会社の考え方に触れる機会はなかなかなかったのでこちらも面白かったです。

座談会は三名の運用者が議決権行使・エンゲージメントの社内体制や議決権行使・エンゲージメントの課題、ESGやスチュワードシップ責任などについて話されています。ESG投資やスチュワードシップ・コードについて論じる書籍はたくさんありますが、この座談会では教科書的な話だけでなく実際の運用者が考えている具体的かつ難しい論点が多く取り上げられていて、同じ運用会社にいる自分もこのような論点があるのか、と目から鱗が落ちる感じがしました。
個人的には本書で一番重要な部分はこの座談会でなかったかと思います。実際座談会の内容が興味深いということで本書を購入しましたし。

 

印象に残ったポイント

せっかくなのでいくつか本書で印象に残ったポイントをいくつかご紹介したいと思います。前述のとおり特に座談会の内容が面白かったのでそのあたりを少し。

議決権行使・エンゲージメントに関する社内体制について

私の知っている限りではファンドマネージャーやアナリストなどの運用担当者は私のようなバック部門とは報酬体系が異なり、成果報酬的な性格が比較的強いようです(本書でもそのように指摘されています)。
そしてそれは成果が数値化しやすいことが前提になっていると思います。
本書でも紹介されていますが、GPIFが運用会社の報酬体系を委託調査した報告書が公表されており、その中でファンドマネージャーが固定報酬の割合が低く、スチュワードシップ・ESG担当者はそれに比べ固定報酬の割合が高いことが示されています(報告書P15)。

固定報酬の割合の大小にかかわらず役職員の待遇や配属を決めるうえで評価は重要なはずですが、議決権行使やエンゲージメントの結果というのは数値化が難しいのが実態です。仮に投資先企業の業績・株価が上がったとして、それがどの程度議決権行使・エンゲージメントによるものかは明確にはわかりません。逆に業績・株価が下がっても同様に評価は難しいと思います。
では、議決権行使・エンゲージメントの担当者の評価はどのようにするのか。評価しないわけにはいかず、一方で評価は難しい。管理職としても人事としても悩ましいところだと思います。

この点については試行錯誤が続いているようです。具体的な内容については詳述を避けますが、評価が難しい中でもやりようはあるものだと感じさせられました。

NGO等との距離感

ESG投資には各運用会社が取り組んでいますが、特にEとSについてはNGOなど従来の運用行為の文脈では接点が少なかった(と思う)ステークホルダーの影響力が大きく、彼らもまた運用会社や銀行などの金融機関の動向に注目しており、運用会社としてそのような主体とどのように関わるかが問われています。

最近では多くの運用会社が運用会社が多く加入しているイニシアティブと呼ばれるプラットフォーム(一番著名なのがPRIでしょうか)を通じてESGの観点から共同でエンゲージメントを行っているようです。そしてNGOとの連携もイニシアティブを通じて行われることが多いようです。業界団体だと生命保険会社が生命保険協会をプラットフォームとして共同でエンゲージメントを行うという事例もあります。

NGOもイニシアティブも世間には数多くあり、その規模や質は千差万別です。その中には当然「評価できないNGO・イニシアティブ」もあり、座談会の中でも具体的な評価基準が述べられていました。
NGOにはNGOの正義や信念があると思いますが、運用会社にもお客様のお金を預かってリターンを(役職員の個人的な価値観は脇において)追求するという受託者責任があり、それらは時として相反することもありえます。
例えば武器製造や酒・ギャンブルへの投資の可否がSRI(社会的責任投資)においてよく問題となりますし昨今では原発なども注目されていますが、それらが仮に社会的に悪だと断罪されたとしても運用行為においては法令や投資家の意思(投資信託約款や運用ガイドライン)に反しない限り投資対象から排除することは難しいです。それによって運用会社がNGOや社会から批判される可能性もありますが、運用会社はそれに流されるわけにはいきません。その場合お互いの正義と責任が真っ向からぶつかることになりますが、お互いに理解し合って建設的な議論ができるというのが望ましい形なのだろうと思います。逆に言えば相手の主張を全く無視して独善的に振舞うような形になると社会はいい方向に向かわなさそうな気がします。

あと、ESG関連のステークホルダーとしてESG格付機関や指数会社も登場していて、確かにこういう主体も意識しておかなくてはならないと気づかされました。

パッシブ運用とエンゲージメントについて

パッシブ運用とはインデックス(指数)に連動する運用成果を目指す運用手法で、基本的には指数を構成する銘柄に機械的に投資します。その性格として投資銘柄が非常に多くなること(したがって1銘柄ごとのパフォーマンスへの影響は小さい)や高パフォーマンスより指数への連動度合いが重視されるという点があると思います。加えてアクティブ運用に比べて運用会社が受け取る報酬が小さいことも重要な点です。

このようなパッシブ運用においてエンゲージメントをアクティブ運用と同じようにしようとすると膨大な手間やコストがかかり運用会社としても低報酬で運用している中で収益を大きく圧迫してしまいます。例えばTOPIXの構成銘柄は2,000以上ありますのでこれらすべてに対応しようとすると相当の数の専担者が必要でしょう。議決権行使はシステム的に対応ができるのでまだいいのですが、エンゲージメントはどうしても人的な対応が必要なためどこまで対応するのかというのが問題になります。
また、エンゲージメントの効果は全ての株主が享受するため、他の株主によるただ乗りの議論もあります。

そのため、私はパッシブ運用については運用会社は議決権行使はしても、ほとんどエンゲージメントをしないと思っていました。
しかし、実際には大きい会社はエンゲージメント専担の部署を作って比較的幅広に対応したり、アセットオーナーの要請で運用会社がパッシブ運用でもエンゲージメントを行っていることがあるようです。コストとの見合いはケースバイケースでしょうが、委託者がエンゲージメントを求めるパッシブ運用については運用会社に追加で報酬を払っているケースもあるそうです。

パッシブ運用の残高が増加傾向にある中で機関投資家がどのように投資先企業に向き合っていくかというのは資産運用業界にとって大きな課題になっていくのでしょうが、どのような解が出てくるのか興味深いところです。

 

以上、『機関投資家に聞く』の感想でした。運用会社にいながら運用に携わっていない身としては議決権行使やエンゲージメントの論点や実態についてあまり知らなかったので、機関投資家各社の具体的な取り組みや運用担当者の深いお話は議決権行使・エンゲージメントの理解に非常に役立ちました。

法令以外のルールで運用会社が取り組んでいるものとして「顧客本位の業務運営原則」があり、これも運用会社ごとに捉え方・取り組み方が違うものだと思います。機会があればこの原則に対しての各社の取組みや原則に関連する業務担当者の座談会などを拝見したいものです。

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