性格を変えつつあるソフトロー

変わりつつあるルールの概念

奈良大学に入学してから毎日のように歴史関係の勉強を続けていたので、つい頭が歴史学モードになって自分のアイデンティティが微妙になりますが、あくまで本業は投資運用業(アセットマネジメント)のコンプライアンスであり、それが自分の第一の専門分野であることは忘れないようにしたいと思っています。
仕事も毎日しているので忘れるわけはないのですが、ブログの記事を書こうとしてもどうしても歴史学寄りになってしまうのをいつも複雑に感じています。

もちろん仕事のことは書けないことが多いのでプライベートでの学びの方が書きやすいのですが、自分のアイデンティティや同業者とのつながりの維持という意味でもたまには金融・コンプライアンス関係のネタが欲しいところです。

そんなことを漠然と考えながらTwitterを見ているとタイムラインに英国のスチュワードシップ・コードに関するFinancial Timesの記事が流れてきました。概要としては2020年に改訂された英国のスチュワードシップ・コードについて多くの大手運用会社・機関投資家が署名者として却下されたというものです。
署名者として認められた機関投資家は下記のとおりです(ただし、このページは随時更新されると思われますので、今後内容が変更されるかもしれません)。

ここで「英国の」というのはスチュワードシップ・コードは英国を発祥として他の国でも同じコンセプトが採用されており、日本でも「日本版スチュワードシップ・コード」というものがあります。

運用会社や機関投資家は資金の出し手からお金を預かって運用する組織であり、そのお金を忠実に、思慮深く扱う責任をもっています。そのような責任を受託者責任といいます。
またそのような責任に関連して、運用会社や機関投資家が投資先企業等に働きかけるなどして企業価値を向上させることで運用資産を増やして投資家に還元する責任のことをスチュワードシップ責任といいます(日本版スチュワードシップ・コード 前文5)。

受託者責任とスチュワードシップ責任は似たような責任に思えますが、この二つには決定的な違いがあります。
それは受託者責任が法律(日本だと金融商品取引法・信託業法など)で定められた強制力のある責任であるのに対し、スチュワード責任はスチュワードシップ・コードという強制力のないルールに基づくものであるということです。

ルール、とりわけビジネスに関するルールともなると強制力があると考えがちで、実際我々の周りにあるルールは大抵は守らなければいけないもので破ると罰則があります。
それは金融業に関するルールも同じで、少し前までは金融業が守るべきルールは法律や金融当局の行政指導など強制力があるものだけだったと思います。
ルールを守ることを意味するコンプライアンス(Compliance)が「法令遵守」と訳されることが多いのもその表れかもしれません。

しかし、スチュワードシップ・コードは金融当局が運用会社や機関投資家に〇〇せよ、というものではなく、運用会社や機関投資家がスチュワードシップ・コードに沿って一定の行為を行うことを自ら宣言し、その方針に則り創意工夫を行って業務を推進していくものです(受け入れなくてもいいし、一部原則のみの実施も原則OK)。
このように、行政機関(国家)による強制ではなくプレイヤーが自らそのルールを受け入れて、そのルールに基づいて行動する仕組み(ルール)はソフトローと呼ばれます(法律のように強制力のあるルールはハードローと呼ばれます)。

最近はソフトローの導入が進み、運用会社や機関投資家の行動がソフトローの規律を受ける部分も増えているように思います。
したがって、金融事業者も法令のみを気に掛けるのではなく、自らが受け入れたソフトローもまた考慮して行動しなければなりません。「法令遵守」であったコンプライアンスもまた、「ルール遵守」と捉え方を変える必要があると思います。

 

変化するソフトローの立ち位置

横並びのソフトロー

日本ではスチュワードシップ・コードに始まり、コーポレートガバナンス・コードや顧客本位の業務運営原則といったソフトローが導入され、機関投資家や上場企業が次々と受け入れて方針を公表していきました。
(コーポレートガバナンス・コードは東証の上場規程ともリンクしているので実質的な強制力があるともいえますが)

ソフトローの本来の趣旨は、法令等で強制するのではなく受け入れを任意としつつ、各社の創意工夫で競争を促すということであると思いますが、残念ながら必ずしもそうならず、多くの会社がとりあえず受け入れながら、横並び・紋切り型の対応になってしまうとこともあったように見受けられます。

ソフトローはあくまで任意で、どのように受け入れるかも自由(Comply or Explain)ですので、必要最小限の対応だけして受け入れた体裁を整えるのも「違反」とは言えません。
また、受け入れたとして実際の業務上その方針に違反したことが例えば裁判でどのような影響を及ぼすのかも管見の限り裁判例がなく不明確です。

もちろん投資家のお客様が運用会社や機関投資家のソフトローに基づく方針や実態を細かくチェックして金融商品を選ぶのであればソフトローも有効に機能するかもしれませんが、現在はそのような感じにもなっていないと思います。
証券会社など金融商品の販売会社の場合は共通KPIがあるので比較的わかりやすいですが、運用会社には共通KPIもありませんし、数ある運用会社をチェックするのに細かくみていくと時間がかかりすぎる気もします。

そのような実態があるので、もちろん真剣に取り組んでいる会社も多いのですが、積極的に取り組んでいないけど横並びで受け入れだけしておくというケースも少なからずあったのではないかと思います。
ソフトロー自体は有意義なものですので、うまく機能する仕組みがあれば運用業界の発展にも大きく貢献することでしょう。

横並びでなくなるソフトロー

ソフトロー導入当初は横並びの感もありましたが、当然金融当局もその課題を認識しており、実効性を確保するための取組みが続けられてきました。

前述した共通KPIはその一つで、投資信託の販売会社の顧客サービスの水準を販売会社間で数値で比較できるように設定されました。
KPIにも問題があるという指摘はありますが、やはり数字は訴求力が強く顧客の関心を引くので販売会社もKPIを改善するための努力をせざるを得なくなると思います。
私自身販売会社で働いたことがないので肌感覚としてはわかりませんが、販売会社(本部・営業現場)でもそれなりに意識しているのではないでしょうか。

さらに私が注目していたのは、2021年1月に改訂された顧客本位の業務運営原則について原則に基づく具体的な方針を添えて受け入れの意向を金融庁に伝えていた会社の「多数」が受け入れ金融事業者として認められなかったということです(2021年9月3日金融庁公表資料)。

 

 

これは金融庁が顧客本位の業務運営原則の実効性を重視し、ほとんど取組みの実態がなく体裁だけ整えているとみなした場合は原則を受け入れたとは認めないということを意味していると思います。
つまり、今までは横並びの対応でも一応許容されていたものが、今後はソフトローに基づく運営について横並びの対応は認められないということになろうかと思います。
ソフトローの趣旨を考えると業界で横並びで行動を定めることもないでしょうから、必然的に各社が自分で考えて実施せざるを得ないはずです。

今回どれだけの会社がリストから漏れたのかは不明ですが金融庁が「多数」というからには相当数の会社が漏れたのだと思います。
ちなみに英国のスチュワードシップ・コードの受け入れ事業者の選定については当局も相当厳しくチェックしたようでかなりの数が選外となったとのことです。
ソフトローもしっかり取り組まないと取組み実績として認めないというのは今後世界的な潮流になっていくのかもしれません。

もちろんこのようなソフトローの動向は運用会社のコンプライアンスとしても重要な関心事です。ソフトローの受け入れ実績を維持するためには何をすればよいのか、そしてどのようなルールを各業務に適用すればよいのか、それをどのようにモニタリング・改善していけばいいのか。これを社内ルールや業務の流れに落とし込む中でコンプライアンスが果たすべき役割は大きいはずです。
そして、ソフトローの取組みは常に進化が求められることになると思いますので、コンプライアンスとしても現状維持ではなく一歩先を見た対応ができればいいと思います。実際にはなかなか難しいですが。

ちなみに2020年に改訂された英国のスチュワードシップは下記のとおりです。
P4にあるように”Apply and Explain”、つまり受け入れるからには全部対応しなければいけないし、取り組みについて説明もしなければいけません。
つまり、「できる範囲で取り組みます」といった従来の姿勢が認められないわけであり、これが今後英国の運用会社の業務にどのような影響を及ぼすのか興味深いところです。
また説明内容にも細かな定めがあり、運用会社の情報開示の水準がかなり高いレベルで確保されることが期待できます。

 

 

このように英国のスチュワードシップ・コードはその性格を大きく変えており、これを受けて日本のスチュワードシップ・コードがどのような対応をするのかについてもフォローしておきたいと思います(日本版スチュワードシップ・コードが英国の2020年版に倣うとすると実務上も大きな影響が出そうな気がします)。

いずれにせよ、金融事業者を取り巻くコンプライアンス環境はソフトローという切り口から大きな変化を迎えており、経営陣もコンプライアンス担当者もアンテナの感度を高くしておくことが大事だと記事を書きながら改めて考えました。

 

日本で一番有名なスチュワードは?

ちなみにスチュワードとは英語で「執事」の意味で、主人に仕えて荘園などの財産を管理する執事のように主人たる投資家に責任を負う、というのがスチュワード責任といえます。
ここで執事という言葉を持ってくるのが英国らしい、ともいえるでしょうか。日本だとそういう言葉は使わなさそうですが、あえて言うなら番頭なのでしょうか。日本で一番有名な執事となると高師直が出てきますしね(笑)。

足利尊氏像と伝えられてきた騎馬武者像。最近は高師直との説も有力。

 

いや、若い人なら『ハヤテのごとく!』の綾崎ハヤテか、と思ったら『ハヤテのごとく!』もかなり前に始まった作品なので読者は意外にシニアかも…。
他の執事系作品を知らない時点で若くないことを感じます…(涙)

 

 

自分が年を取っているという事実を改めて認識して辛い…。

 

【追記】
ブログ記事を書いていると新聞記事にリンクを設定したいときがあるのですが、一方で特に新聞記事はリンクについての制限も厳しいことがあるようです。
リンクと著作権についてはいくつか裁判例はあるようなのですが、あまり「リンクは基本的に著作権法上問題ない」と言い切っている記事を見かけず、ブログでの新聞記事の紹介を躊躇してしまいます(下記サイトでは原則問題ないとしていますが)。
今回もそのような理由でFinancial Timesの記事へのリンクは控えています。

ブログ記事を書いたり創作物を作成したりする人は著作権の扱いに敏感だと思いますが、日本の著作権法は著作物の扱いに厳格で柔軟性に欠けると思うことが少なからずあります。
素人なので深入りは控えますが、米国の「フェアユース」のような整理の仕方があると著作物の使用者側としてはありがたいですね。

※本サイトに記載されている内容のうち意見に関するものは全て私の私見であり、所属する組織等とは一切関係なく、誤りについてはすべて私の責任に帰するものです。

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