金融庁2.0(日本経済新聞出版社)

変わる金融にどう向き合うか

多くのビジネスは変化・進化を続けていますが、金融業においてその傾向は顕著です。

もともと金融は社会・経済のニーズに合わせて進化してきた歴史がありますが、昨今ではIT産業の著しい進化の影響によりFintechといった新しい潮流もできています。

また、度重なる金融不祥事や利用者の不満によって金融機関に課せられる規制についても大きな変化が生じています。

 

金融業が他のビジネスと異なる点として、まず経済全体における影響力の大きさが挙げられると思いますが、その裏返しともいえるもう一つの特徴として規制が厳しいことが挙げられます。

他にも規制が厳しい産業はあると思いますが、金融業の場合は基本的にライセンスが必要なことや事業者ごとに手がけられるビジネスが決まっていること、さらには個々の取引を行う上でも守らなければいけないルールが細かく定められていることなどは金融機関に対するルールの厳しさを際立たせているように思います。

さすがに電気や鉄道事業のようにサービスの手数料まで決められているということはないですが、保険商品のように商品自体に当局の認可が必要というケースもあるので、相当な厳しさです(かつては投資信託も同様でした)。

 

そしてその金融機関を縛っている規制は、異業種からの新たなプレイヤーの登場により、変革を迫られています。

仮想通貨・暗号通貨はその最たるものですが、これまでの金融の概念を覆すようなプレイヤーやサービスは規制と正面衝突するか規制の枠組み外の存在になることが多いですから、そのような新しいものを金融の枠組みに取り込もうとする限り、規制の変化は必然といえます。

新たなプレイヤーは既存の金融機関の競争環境も変えていきます。
新たなプレイヤーが便利・安価なサービスを提供すれば、消費者もそちらに向かいます。

それは当然既存の金融機関にとって脅威ですから、同様のサービスを開発するなり事業提携・買収するなりして対抗しなければなりません。
少なくとも、対抗手段なしでは現状維持も難しいのではないでしょうか。

護送船団方式という時代でもないので、現状維持すらできないのであれば、いずれは市場からの退出を余儀なくされる可能性もあります。

このように金融業のあり方が変化していく中で、当局も事業者も変わっていく必要があると思います。

そして、実際にそれぞれが次の時代に向けた動きを見せています。

銀行が仮想通貨やAIによる融資審査を導入したり、資産運用会社がAIによる分析や投資判断を取り入れようとするのもそのような時代の流れに沿ったものです。

 

変わる金融庁、変わるコンプライアンス

金融庁2.0

金融業界の特徴として規制の厳しさを挙げましたが、これは言い換えれば金融機関に対するルールを所管している当局(金融庁)の金融業界・金融市場に対する影響力の大きさでもあります。

最近は当局と金融機関の距離感も変わってきているようですが、一昔前には、当局が金融機関の「箸の上げ下ろし」までコントロールしていると言われたこともありました。

金融業が規制産業である以上、当局の動向が事業者に大きな影響を与えることは変わりません。
法令が変われば事業のあり方も変わりますし、当局が行う検査の内容・注目ポイントは事業者に大きなインパクトを与えます。

そのため、事業者としても当局の動向には最新の注意を払わなければなりません。特に会社の方向性を決める企画部門や会社を守るコンプライアンス部門は特にそうだと思います。

例えば、資産運用業界では「顧客本位の業務運営」や「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)」といったことが金融庁からも頻繁に発信されていますが、どのような対応をするにせよこれらのキーワード抜きに資産運用業を行っていくのは難しいでしょう。

これらを当局対応として行うのは事業者としてどうかと思いますが、現実問題としてこれらのキーワードを意識してビジネスを行わなければ、検査などで当局とまともな議論を行うことは不可能であり、当局対応としても失格です。

自分自身コンプライアンスの仕事をしていることもあり、金融庁がどのような方向を見ているのかというのはある程度意識していたところですが、ちょうど金融庁がどのように金融業と向き合ってきたか、またどのような方向性を志向しているのか、ということをまとめた書籍を読む機会があり、興味深く読みました。

 

 

個人的には当局とのコミュニケーションは、当局の志向を理解した上で、法令諸規則に基づいたロジックでなされるべきだと考えていて、あまりマスコミ的(ドキュメンタリー的)な観点からの書籍は読まないのですが、当局の考え方の背景を知るには有用ですし、読み物としても面白いと思いました。

現在は金融庁が担っている金融行政ですが、元々は大蔵省が所管しており、平成10年6月に金融監督庁として独立した組織になり、その後平成12年7月に金融庁となり、金融行政の企画・立案から金融事業者の監督まで金融行政全般を所管するようになりました。

出所:金融庁ウェブサイト(https://www.fsa.go.jp/common/about/suii/index.html)2019.5.24現在

 

金融監督庁発足時は銀行の不良債権問題が金融行政の最重要課題であり、したがって事業者に対する監督の焦点も銀行を始めとする金融機関の業務・財務の健全化にあったといえます。当時は不良債権処理を後押しするための行政処分を連発したことから、「金融処分庁」とも揶揄されたそうです。

その後現在に至るまでの約20年間、銀行・証券・保険・投資運用業などそれぞれの業種は幾多の困難や不祥事を経験し、その都度金融庁に金融行政のあり方を考えさせてきました。

本書には金融監督庁発足後のいろんな事件が登場しますが、リーマンショックや金融機関の不適切な不動産への融資といった記憶に新しい事件はもちろん、郵政民営化や総合取引所、メガバンクの反社会的勢力への融資問題、日本振興銀行のペイオフやモラトリアム法など、わずか20年の間にこんなに多くの事件があったのかと改めて驚かされます。

本書では触れられていなかったと思いますが、生命保険会社による不払い問題やAIJ投資顧問による年金消失問題も個人的には印象が強かったです。

 

金融庁の監督方針の変化:「ルール」から「プリンシプル」へ

金融庁はそのような不祥事対応に追われているという印象が個人的に強かったのですが、そのような印象が変わったのが、佐藤隆文長官時代の「ベター・レギュレーション」のための「ルールベース」から「プリンシプル(原理・原則)ベース」への監督方針の転換と検査局の廃止です。

「ルールベース」とは、当局が定めたルールを金融機関に遵守させることを主眼とした監督方針で、一般的な金融行政のイメージなのではないかと思いますが、「プリンシプルベース」は、具体的なルールではなく、一般的な原則を掲げ、金融機関がその方向に向かって進むことを促す監督方針といえます。

「ルールベース」ではルールがあることが前提ですが、変化が早い昨今ではルールの策定が環境の変化に追いつきませんし、またルールで画一的に縛ると金融機関の創意工夫が制限されるというデメリットがあります。だからといって、ルール違反をしていないから問題なし、と放置することは金融業の健全性を維持するためにも望ましくないと思われます。

一方、「プリンシプルベース」では金融機関が目指すべき一定の方向性を当局が掲げ、金融機関がそれぞれのやり方でその方向に進んでいくことを促す監督方針です。明確なルールがないため、古典的(?)な金融機関に強制的に何かをさせるというやり方には適しませんが、ルールの空白を埋めやすいというメリットがあります。

そして、金融庁自体ルールで何かをさせるというより、金融機関と対話をしながらお互いにアイデアを出し合う、という姿勢に変わってきているようです。
これはプレイヤー側も委縮せずに積極的に意見を言うことができますし、ありがたいことだと思います。

資産運用業(投資運用業)関連で言えば、「スチュワードシップ・コード」や「顧客本位の業務運営原則」などのソフトローを打ち出し、各運用会社がどのようにその方向性に沿って動こうとしているかは注意深く見ているようですし、運用会社側も横並び傾向が垣間見えつつも、それぞれの考え方で動いていると感じます。

 

変わるコンプライアンス

具体的な遵守ポイントが抑えやすいという点では、運用会社のコンプライアイアンス担当者としては「ルールベース」というのは当局対応がしやすいという点でメリットがありました。

逆に「プリンシプルベース」の考え方では、運用会社側で何をすべきかを考えなければならないので、大変といえば大変です。

一方で、運用会社側に創意工夫の余地が大きく、コンプライアンスとしてもいろんなことを打ち出すことができるので、コンプライアンスという仕事を面白くすることができるチャンスであるとも感じています。

 

これまでは、コンプライアンスという仕事は法令諸規則で決められた最低限のことを守らせるという保守的な仕事でした。

しかし、これからは最低限のルールを守るという点は残しつつ、プリンシプルに沿ってよりよいルールを作り、遵守していくことがコンプライアンス部門の役割になっていくと思います。

したがって、守りの面だけでなく、多少なりとも攻めの面でもコンプライアンスの役割が求められることになるのではないかと考えています。

最近の表現でいうと、「攻めのガバナンス」ならぬ「攻めのコンプライアンス」でしょうか。

自分自身、コンプライアンスの仕事の保守的で画一的な面を好きになれず、方向転換しようと思ったこともありましたが、コンプライアンスの役割が変わりつつあることにちょっとした喜びを感じています(笑)

さらにいえば、従来定性的でアウトソースなどがしにくいと言われていたコンプライアンスの業務もAIの活用などで効率化が進んでいく可能性も否定できません。
実際、AIによって法務やコンプライアンスの仕事が奪われていく、という記事を読んだことがあります。
すでに金融機関でもそのような取組みが始まっているかもしれません。

その流れの中で、いかにプリンシプルの実現に向かってアイデアを出すかということが今後コンプライアンス担当者として生き残っていくための鍵になってくるのかもしれません。

 

金融事業者は変われるか

金融業界を変化させていくには、金融当局が変わることも重要ですが、何よりプレイヤーである金融事業者自身が変わっていかなければなりません。

そして、金融事業者が変わるためには、その会社で働いている役職員が変化していくことが必要です。

新規のサービスやシステムの企画・開発ということももちろんですが、ビジネスモデル・収益構造や役職員の意識も重要なポイントだと思います。

もっとも、意識を変えるというその気になればできそうなことも、案外難しいものです。

偉そうにつらつら述べている自分も、金融庁の掲げるプリンシプルと向き合いながら「そうは言っても現実問題もあるし…」と思うことがよくあって、意識変革の難しさを感じます。

自分の意識ですら変えるのが難しいのですから、会社の役職員の意識を変えていくのはもっと難しいことだと思います。

特に会社の収益に責任を持っている営業の方などは目の前の数字との板挟みになることも出てくるわけですし、理想と現実の間で悩むはずです。

そのような問題を解決するのは時間がかかると思いますが、せめて一緒に考えられるような人間ではありたいと思います。

もちろん、前述の通り、新しい技術やアイデアを用いたサービスの展開も必要になってくるので、そのような新しいものに対してアンテナを張っていくのも大事なことです。

私は典型的な文系で技術のことはよくわからないのですが、そのようなものに対して「理解できないからわからない!」などといった頑なな姿勢を取ることは避けたいと思います。

わからないなりに理解をしようとすれば、大事なポイントは理解できると思いますし、それすらできないと役職員としての責任を果たせないのではないでしょうか。

 

本書では金融庁が所管する多様な業種の不祥事や課題とそれを乗り越えようとする金融庁の姿勢が描かれています。中には地銀再編に伴う天下り慣行との戦いといった生々しい話や金融庁内外におけるコミュニケーションの変化な比較的身近な話もあり、興味を引きます。

時代の流れや金融庁の動きに取り残されては生き残っていけないのはどの業種でも同じであり、そのような時流を考えるきっかけとして、金融業界に属する方にとっては一読の価値があると思います。

カテゴリー: お仕事, 読書 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です