逆境経営-山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法-

最近大人気の日本酒・獺祭
キーボードで「だっさい」と打つと、自動で変換されるくらいメジャーです。
(もっとも、レギュラークラスのプロ野球選手なら大体変換されるくらい、最近のアプリケーションは優秀なようですが。)

あまりに話題になっているので、普段は高級なお酒を飲まない私も飲んでみたいと思って酒屋さんに行ったら数量制限があり(一人1本か2本だったと思います)、その人気ぶりを感じた次第です。

そんな獺祭ですが、決して順風満帆な中で生まれたものではなく、むしろ逆境の中で生まれたものであることを、獺祭を製造している酒蔵である旭酒造の桜井社長の著書で知りました。その名も「逆境経営」。

日本酒市場自体が縮小傾向にあるのですが、その中でも地方の中小酒蔵は知名度もなければスケールメリットを追求することも難しく、桜井社長が社長になった頃はまさに逆風でした。
さらに会社自体も雰囲気が弛緩しているうえ、社長就任後しばらくすると、酒造りの中核となる杜氏たちが退職してしまったそうです。
立地の点でも東京などの大都市はおろか、山口県の主要都市である岩国市からも遠く、マーケットへのアクセスも困難で、八方ふさがりの感があります。

本書はタイトルの通り、そんな困難な状況から、獺祭によって成長を遂げた旭酒造の物語です。

今でこそ獺祭は大人気ですので、社長の目論見通り、順風満帆に行ったように見えそうですが、獺祭が成功を収めるまでには数多くの失敗や試練があり、またその背景には社長の強いポリシーがあったようです。

まず、商品について。
獺祭というお酒が非常に素晴らしいものであることは、世の評価や価格などを見ても想像できますが、品質には徹底的にこだわっています。
元々は安価な普通酒を製造していた旭酒造ですが、限られた量しか製造できないというキャパシティから逆算して、高品質なものに集中するという選択をされたようです。

そして、高品質に特化するからには、その品質にはとことんこだわる。
当然のことと言うのは簡単ですが、米、酵母、水、製法など、それぞれの要素について高みを目指し続けるというのは決して容易なことではないと思います。
そして、高みを目指すうえでわき道にそれない。
色んなブームがある中で、自社製品をそれに合うようにカスタマイズするということは珍しくないと思いますが、旭酒造はそういうことをせず、愚直に獺祭そのものの品質の向上に努めています。

また、経営においても素晴らしいポリシーがあります。
読んでいてガツンとやられたのは、「コストパフォーマンス(費用対効果)を考えた瞬間にずば抜けたものはできなくなる」ということでした。
本書によると、「「費用対効果」と言った瞬間に、この程度でいいんだ、という甘さが出る」とのことです。
費用対効果という考え方は、費用に対して効果が一定水準を上回っていればよい、という考え方ですが、その考え方では無意識のうちに「この水準をクリアすればそれでいい」という意識を生んでしまうように思います。
経営・ビジネスの観点からは間違っていないと思いますが、そういう考え方だけでは、本当にずば抜けた商品やサービスは生まれないというのもまた間違っていないと思います。
本当に必要なところには、コストパフォーマンスや採算を度外視して資源を投入することも、強力な武器を手に入れるためには大切だということを改めて考えさせられました。

また興味深かったのは、桜井社長は単に獺祭の売り上げが上がればそれでよい、というのではなく、お客さんにきちんと味わって、適正な量を飲んでほしいと考えていることでした。
確かに、お酒を飲みすぎると、へべれけになってだらしないし、お酒の味わいもわからなくなってきます。そのうえ、場合によっては吐くこともあれば、けんかや飲酒運転などのトラブルのもとにもなりかねません。
お酒の作り手から見てみると、丹精込めて作ったお酒をそのような飲み方で飲んでほしくはないでしょう。
当たり前といえば当たり前なのでしょうが、お酒の作り手としての矜持が垣間見えます。

他にも素晴らしい内容がたくさんあったのですが、あまりネタバレになってしまうとよくないのでこの辺で(笑)

本書は酒造メーカーのお話でしたが、私が属する資産運用業界についても大変参考になると思います。

例えば、商品のラインナップについて。
資産運用業界(投資信託業界)がよく受ける批判として、販売会社の意向に沿って新しい投資信託を次から次へと作って、販売会社が乗り換え販売をする一因となっている、というものがあります。

確かに産業構造が日々移り変わっていく中で注目されるテーマや投資対象も変わっていくので、それに対応した投資信託というのはニーズがあるのかもしれません。
そのような見方をすると、現在の投資信託会社や販売会社(銀行・証券会社など)の方針は間違ったものではないでしょう。

しかし、本当に息の長い、お客さまに愛され続ける投資信託を作りたいのであれば、新しい投資信託を作り続けるのではなく、産業構造や経済環境の変化に対応できる投資信託を作り、投資家に提供するべきであるともいえます。
旭酒造の考え方はこちらになるでしょうし、私自身そうあってほしいと思っています。

このような考え方は、投資信託を直接販売している投資信託会社に顕著に表れていると思います。
例えば、「いい会社(これからの社会にほんとうに必要とされる会社、 皆さまがファンとなって応援したくなるようないい会社)に投資する」ことを掲げている鎌倉投信は国内外の産業構造や経済環境が変わったからと言って、新しい投資信託を作ってはいません。
「いい会社に投資する」というポリシー・お客さまとの約束を厳格に守り、その中で投資信託の運用を続けています。
また、鎌倉投信は投資信託を運用するだけでなく、運用報告会などで投資対象の会社と投資家が接点を持つ機会を提供してくれています。これも鎌倉投信の投資信託の大きな魅力の一つです。

既存の投資信託業界のあり方にも長所があるので頭から否定する気はありませんが、獺祭のような投資信託が増えてくると、自然と投資家の方々も投資信託を愛してくれて、投資信託の残高が増えるという好循環が生まれると期待していますし、コンプライアンス担当者として、そのような投資信託に関わることができるような仕事をしてみたいと常々思います。

一方、コストパフォーマンスを時として度外視する、ということについては、案外資産運用業界は頑張っているのではないかと思うこともあります。
資産運用業界においては、日々新しい投資対象や投資手法・システムの発掘・開発に取り組んでいますが、その中には「とりあえずやってみよう」というものもあるように思います。
そのような積み重ねが、現在の資産運用会社の幅広いラインナップや高度な投資手法につながっていることを考えると、これまでのイノベーションを支えた業界の方々には頭が下がります。
日々仕事をしていると、「これって採算合うのかな?」と思うこともありますが、イノベーションの種なんだと思って、温かく見守っていきたいと思います(内容によりますが…)。

本書によって、獺祭と投資信託には類似点があるように思いましたので、投資信託や仕事のあり方で悩んだ時には、獺祭を片手にじっくり考えたいと思います(笑)。

※本記事は特定の金融商品ないしお酒を推奨するものではありません。

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