クラスター爆弾関連企業への投融資

今日、たまたま社会的金融に関する関連記事を読んでいて、7月末にメガバンクがクラスター爆弾関連企業への投融資を禁じることを決めたということを思い出しました。

本件についてはメガバンクのほか、投資信託大手の大和証券投資信託委託も問題になっていたようですが、同様にアクティブファンドについては投資を控える模様です。

もちろん、銀行には銀行の、投信には投信の理屈があって、単純に悪いことは禁止、というわけにはいかないということも想像できますが、やはりこういうことはできるだけ早く、世界の潮流を読んで、あるいはその潮流を作るつもりで動けないのかな、と思います。

例えば、SRI(社会的責任投資)についても、常に受託者責任との関連が議論になります。

社会的な側面から投資を判断することは、経済性を損ない、ひいては投資家の利益を損なっているのではないか、という議論です。

この点については、社会性を判断に含めない場合の投資収益と同等の投資成果が期待できるのあれば、受託者責任に反しない、という判断があるそうです。

また、クラスター爆弾専業の企業ならともかく、多角化している企業ならクラスター爆弾と同時に、素晴らしい製品を作っていることもあるでしょう。

そうした会社に資金を提供しないのは、かえってよくないのではないか、という意見もあるでしょう。

しかしながら、顧客満足度を最大化させるために、法が許容しているからと言って、また、他に有用なものを作っているからといって、人類に惨禍をもたらすと思われる企業を支援することは本当に正しいのでしょうか。

また、投資家・顧客満足は、人類満足以上に優先すべきことなのでしょうか。

もちろん、投資も経営も慈善事業ではありませんので、経済成果を追求すべきであるのは当然です。

しかし、それらは我々の世界や社会の安定と持続可能性の上に成り立つものであるのも言うまでもありません。

外野から言っているだけの批評家は楽だよ、という批判を受けるのは承知の上で言わせていただくなら、条約や法律ができる前に自らその社会的意義を問い、積極的に動いてほしかったと思います。

少なくとも、僕なら微々たる額ですが、そのような銀行にお金を預けます。

戦争がなくならないのは、武器がなくならないからとも言え、武器がなくならないのはそのための資金があるから、ということを考えると、戦争が存在する責任の一端を金融機関が担っているともいえるのではないでしょうか。

そう考えると、やはり金融機関のスクリーニング基準の整備の意義は大きいと改めて思いました。

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