MBA友の会 Welcome Back Party

9月4日は、MBA友の会の主催で今年卒業の方をお迎えするWelcome Back Partyに参加してきました。

場所は、現代日本文化の聖地?秋葉原。

MBAと秋葉原?と疑問に思う向きもあったようですが、これから日本を世界に発信していくうえで秋葉原は外せない、ということで秋葉原になった模様。

秋葉原の小さなクラブが会場だったのですが、秋葉原感いっぱいでした。

集まったのは約60人。今年卒業された人、アプリカント、卒業生など様々でした。

卒業生はほとんどアメリカで、一人欧州の方がいらっしゃいました。あと、インドの方もいました。

ゲストは、ブランドマネジメントのプロで、現在内閣官房内閣広報室参事官として世界に日本をアピールされている加治慶光氏でした。

日本の広報戦略やダボス会議での様子などをいろいろ伺いました。

ダボス会議では、インドが大規模なアピールをしたようで、インドの勢いと広告の質の高さを感じさせられました。

また、秋葉原らしく、オタ芸のライブがあって、みんなで一緒に踊ったり叫んだりしていました。

いい年した大人が・・・と思いながらも、こういうノリって大事なんだろうと思い、中途半端ながら踊ったり叫んだりしていました。

ちなみに、その掛け声はMIXというらしく、「タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー」と叫びます。魂の叫びというだけで、意味は特にないらしいです。

出席者との歓談では、例のごとくなかなか話しかけられないのですが、面識のある人も何人かいたので、ご挨拶しておきました。

あと、米国トップ校を卒業されて帰国されたばかりの方ともお話しました。2年制ということでRSMとは事情が異なりますが、生活への慣れ方や就職活動の仕方などいろいろお話を伺うことができました。

ちなみに、後日その方のことを調べてみると、濱口塾の卒業生かも、という感じでした。

あと、アプリカントの方とも歓談。一流企業にお勤めですが、自分の専門領域を見つけたい、ということで留学を志望されているとのことでした。

また、欧州トップ校ご卒業の方ともお話。最期にちょっとお話しただけでしたが、欧州MBA同士での交流の仕方などを伺いました。

そうそう、クラブを運営されている社長さんとも名刺交換をしました(お若くてきれいな方でした。言葉づかいもすごくしっかりとして丁寧でした。素晴らしい!!)。

まだまだ日本ではアニソンを歌うのは恥ずかしいので、そういう状況を改善すべく頑張ってください!とお伝えしました(笑)

いろいろお話は伺えましたが、もっと積極的にならないといけないなー、と思った会でした。

まあ、留学前に感じることができてよかったです。

もっと自分に自信を持って生きたいものです。

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異業種交流会(5~20枚)

今日は、先日お近づきになった弁護士の方のお誘いで、異業種交流会に行ってきました。

全体で約160人の出席者があり、業界は多種多様。

官公庁、金融、メーカー、弁護士、会計士、薬剤師その他さまざまな業種の方がいらっしゃいました。

男女比率はほぼ半々のようでした。

JustGivingで目標に掲げている名刺交換については、同僚に配ってしまった3枚目の再配布を含め、20枚まで配ることができました。

ということで、今日出会った方の振り返り。

公認会計士:2人

最初の方で、誰にも声をかけることができず、ぼーっとしていたところに声をかけてくださったのが、公認会計士のお二人。

一人は事務所を構えられていて、もう一人は監査法人の方でした。

前者の方にはCFAの受験を勧められたりしました。ちょっと受験を考えていたので、こういうこともあるのかとちょっと驚きました。

後者の方にはいろいろと励ましていただきました。いろんなことをかじっておけば、後々のひらめきにつながる、というアドバイスをいただき、MBAコースが始まったら、多様な授業を取ろうと考えるようになりました。

その後もお二人にはお話に付き合って頂いたり、名刺交換をする手助けをしていただいたり、本当にお世話になりました。ありがとうございました。

金融:6人

金融と言っても幅広いですが、本当に多様な業界の方とお話しました。普段はお会いできないレアな業種の方ともお話ができました。また、自分の目指すキャリアにも関連するようなお仕事をされていた方もいました。時間が許せば、もう少しお話を聞きたかったですが。今後に期待です。

薬剤師:3人

薬剤師など医療系の方も多くいらっしゃったので、3人の方とお話しました。

・・・と言っても、そちらの知識は全くなく、あまり話を盛り上げることができませんでした。すみません。

自分の土地勘のない分野でもうまく話をすることを今後意識したいと思います。

官公庁系:2人

某省庁の方と、某政党のスタッフの方にお会いしました。

某省庁の方は金融に関係するお仕事をしており、ふんふんと話を伺っていました。もう少し積極的にお話を伺いたかったのですが、話の流れもあり、受動的になってしまいました。ちょっと反省です。

弁護士:1人

今回誘って頂いた弁護士の方にあいさつをしていると、ちょうど別の弁護士の方と話すことができました。

その方は中国の弁護士の方で、中国向けビジネスのコンサルタントをしていらっしゃるのだとか。

今後も中国ビジネスの重要性は変わらないと思いますので、このご縁も大切にしたいものです。

その他:5人

その他、フリーライターの方や広告代理店の方、人材関連の方などともごあいさつさせていただきました。

やはり普段はあまりお付き合いできないような方なので、いろいろお話を伺いました。

また、途中にはオペラなどもあって面白かったです。

内容はよくわからないですが、ストーリを知っていれば、表情と声色で十分楽しめるかもしれません。

オペラ、堪能できたらかっこいいと思うのですが。

まだまだ自分を変えられたとは思えませんが、それなりに楽しめました。

多くの人に気を遣って頂いてお話をする機会を得たというのもありますので、次の機会には自分からもっと積極的に行かなくては、と思います。

また、前述の弁護士の方にご挨拶をしたときに、英語で話す流れだったのですが、つい日本語で話させていただき、「オランダに行ったらすぐに英語でプロジェクトとかしなきゃいけないのだから、慣れておいた方がいいですよ」、とのアドバイス。ああ、お恥ずかしい。

次回からはもっと英語で話します・・・。オンラインと異なり、なぜか対面だと英語がうまく話せないのが悩みの種です。まあ、慣れでしょうか。

ということで、お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。

100枚まで残り80枚。頑張ります!

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名刺を配る旅(1~4)

先日お知らせしたとおり、最近、人間関係の拡大を図るため、新たな出会いを作って障がい者の就労を支援する取り組みを行っているのですが、進捗がありましたので、ご報告します。

1~3枚目

金融機関の人、NGOの人、そして同僚(!)に。

RSMの先輩を交えて楽しい飲み会になりました。

MBA受験や国際貢献、今後のキャリアなどについて楽しく語り合いました。

RSMの先輩はiTuneで音楽配信を行うみたいです。

4枚目

MBAを目指されているメーカー勤務のアプリカントの方と。

歴史も詳しいということでMBA×歴史という話をしようと思ったのですが、今後のキャリアやMBA受験のことについて語り合いました。

これからのビジネスは社会性がキーポイントになるということで一致。

ちなみに、先方が伊能忠敬を尊敬されているということで、そのゆかりの地・深川に近いところでお会いしました。

今後も名刺を配る都度ご報告します。

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友達100人できるかな

小学生の頃、よく聴いた歌に「友達100人できるかな」というのがありました。

そう、1年生になったら・・・、というあの歌です。

僕は内向的とまではいわないにせよ、結構人見知りなタイプなので、あまり友達は多くできませんでした。

イベントに行っても結構控えめで、人に話しかけるのも結構苦手・・・。

端っこの方でポツンといることが少なくありません。

もちろん、こんなことではいけないというのはいつも思います。

特にこれから人間関係を広くしなければいけないときに人見知りや無用の遠慮は厳禁。

また、留学までに多くの人にお会いして見識を広めておきたいという気持ちもあります。

とはいえ、なかなかそれを積極的にやっていくきっかけがない・・・。

と考えていたところに、ちょうどいい企画があるのを知りました。

Just Givingといって、自分の挑戦に共感する人に、指定する団体に対する寄付を募り、自分の挑戦とチャリティを両立させる仕組みです。

早速自分も挑戦を登録してみました。

新たな出会いを作って障がい者の就労支援!!」というものです。

僕の目標は、留学するまで、つまり今年中に100枚の名刺を交換すること。

つまり、それだけの方とお知り合いになるということです。ちなみにプライベート限定で、通し番号の入ったプライベート名刺も作成しました。

そして、僕のこの挑戦に共感してくださる方は、是非コメントや寄付をお願いできればと思います。

コメントだけでも大きな力になります。

今のところ、3枚配布できました。

これから大きなイベントがいくつかあるので、積極的にいろんな人と話して、結果として名刺もたくさん配れたらありがたいです。

進捗があったら、適宜ブログでご報告させていただきます。

まずは友達を100人作って、自分を変え、そして世界を変える第一歩としたいと思います。

将来の友人の皆様、ご理解とご協力のほどどうぞよろしくお願いします。

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寛容

※このカテゴリでは、別途発行しているメールマガジンの内容を記載しています。
(バックナンバーはこちら

 日本社会は「失敗が許されない社会」と言われることがよくあります。
 ちょっとした失敗を皆でたたいたり、ビジネスで失敗した人は再生する機会を与えられなかったり。島国国家のためか、異なる価値観を受け入れられないということもよくあるのではないでしょうか。
 しかし、経済的にも心理的にも活力が必要な今こそ、寛容さを大切にし、失敗や多様な価値観・考え方を受け入れるべきだと個人的には思っています。
 ということで、今回のテーマは「寛容」です。
・沈黙公

 オランダという国は、多様な価値観に寛容であると言われています。
 いろんな国と近く、国際的な雰囲気であるというのも一つの要因であると思われますが、国家の源流にその理由を見出すこともできそうです。
 16世紀のはじめ、オランダは神聖ローマ帝国の支配を経て、スペインの支配を受けていました。そして、その頃、オランダには宗教革命の結果、プロテスタントがドイツなどから流入して一大勢力となっていました。
 それを見過ごすことのできないスペインはプロテスタントの弾圧を行います。
 当然ながらオランダ現地の貴族たちはそれに反発。リーダーに推されたのが、オラニエ公ウィレム1世です。
 ウィレム1世は、艱難辛苦の中オランダ独立のために戦い抜き(80年戦争)、最後は暗殺に倒れた悲劇の英雄ですが、彼には「沈黙公」という呼び名があります。
  スペインがプロテスタントを弾圧していたころ、プロテスタントの虐殺を計画したことがあります。
  人づてにそのことを聞いたウィレム1世は顔色も変えませんでした。具体的な命令を受けても。
  しかし、本心は違いました。彼は命令を受けたことを逆手に取り、この計画を破たんさせます。
  (彼自身はカトリックだったとも言われています)
  この結果、多くの人が救われました。
  このエピソードから、彼は「沈黙公」と呼ばれます。
  その後、彼は暗殺されますが、暗殺者は狂信的なカトリックだったそうです。
  そして、彼の最後の言葉は、自信と暗殺者たちに慈悲を祈る内容だったと言われます。
  暗殺者と対比することによって、一層彼の寛容さが浮かび上がるようです。
  こうした彼の人格もあったからか、彼は多くの協力者を集めて独立戦争を進め、同時に今のオランダの寛容さの基礎が形成されたように思えます。
泰山は土壌を譲らず

 中国・戦国時代も終わりの頃、西の秦が始皇帝のもと天下統一事業に王手をかけていました。
 
 しかし、始皇帝は即位してしばらくは実権を握ることができず、また何度か謀反に遭いました。
 そして、その多くが秦の人間でないこと、また秦以外の外国人が出世していることに反感を感じていた秦の人間たちの意見もあって、「逐客令(外国人追放令)」を出します。
 始皇帝のブレーンとして活躍していた李斯もその一人です。
 李斯としては、せっかく苦学して出世しつつあったのに、今更追放されるなど納得がいきません。
 そのため、始皇帝を説得しようとします。
 「泰山(中国の大きい山)は土壌を譲らず、だからこそ大きいのです。大きい河川はどのような小さな支流も受け入れ、だからこそ大きくなるのです。」と。
 その結果、逐客令は撤回され、李斯は再び出世の道を歩みます。
 ・・・そしてその後。

 あるとき、始皇帝は一つの書に出会い、感激します。そして「この著作の著者に会えるなら死んでもいい」とまで言ってのけます。
 しかし、偶然にもその著者が隣国・韓の王族であることを知り、招聘しようとします。
 その名は韓非。そしてその書物こそ、法家の集大成ともいえる「韓非子」です。
 大国秦の王なら、韓非を呼ぶことなど朝飯前。韓非は秦王のブレーンとなります。
 しかし、それを妬んだ李斯は彼を讒言し、韓非は自殺に追い込まれます。同門であるにもかかわらず。
 この時、李斯が外国人(韓非)を受け入れていたことをどう思ったのでしょうか。
 最終的に、李斯は秦帝国の宰相にまで上り詰めますが、始皇帝の死後、政争に敗れ刑死します。
 そして、秦の滅亡、漢楚の戦いを経て、政権はやはり寛容さで知られた劉邦に引き継がれることになります。
 

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NPOで働く

最近その活動に注目が集まるNon Profitable Organization (NPO)

そのNPOに対するイメージというのは様々でしょう。

似たような言葉にNGOというものがあることも影響していると思います。

大きいものでは「オックスファム 」「国境なき医師団 」、小さいものでは、町のボランティア団体みたいなものまで様々です。

そのNPOの一つに、若者の社会参加を促すプログラムを運営していることで知られる「育て上げ」ネット という団体があります。

最近社会問題としてよく取り上げられるテーマとして「ニート」がありますが、ニートが必ずしもやる気がないのではなく、社会に送り出す準備さえすれば、問題の解決につながることに注目し、社会教育・職業訓練の機会を提供している団体です。

その団体の理事長をされている工藤啓氏はこの団体の創設者であり、その経験がまとめられたのが「NPOで働く」という本です。

NPOの立ち上げから軌道に乗せるまでの取り組みや人材の確保など、課題やその取り組みの経緯が具体的に書かれていて非常に参考になりました。

また、実際に働かれている方のこともたくさん書かれていますので、どんな人がどのように働いているのか、というイメージもしやすいと思います。

先日読んで同じく感銘を受けたライフネット生命・岩瀬大輔氏の「ネットで生保を売ろう!」と同じ雰囲気です。

この本を読んでいて思ったのは、頑張って取り組んでいれば、協力者はきっと現れる、ということ。

もちろん他力本願でよいというのではなく、必死に取り組んでいれば、またその過程で人との出会いを大切にすれば、人の輪が広がっていくということ。

それを積み重ねていけば、いろんなケースで道が開けていくということもあるみたいです。

これはこの団体のケースに限らず、いろんな人がこういう経験をしているみたいで、見習わなければいけないと思いました。

一方で、行政の委託事業の問題点やNPO団体の経営の難しさについても考えさせられることがありましたが、また、多くの課題を知恵を絞って乗り越えていくたくましさにまた感嘆させられました。

将来はNPOも含め、ソーシャルビジネスを支援することで社会の改善に貢献したいと考えている自分にとって、NPOの実態について具体的に教えてくれる好著でした。

最後にNPOの事業の意義について「放置すればタックスイーター、支援すればタックスペイヤーとして社会の担い手になる」という言葉に強く共感しました。

また、著者は「優れた政策立案のためには3割は当事者がかかわるべきだが、全く関わっていないケースがある」という指摘をされており、これもなるほどと思いました。

将来的に、社会問題の改善に貢献するためのキャリアの選択肢が増え、自分もその一端に携われるようにいろいろ勉強したいと思います。

NPOで働く/工藤 啓
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