チャーリーウィルソンズウォー

昨日、最近話題の映画、チャーリー・ウィルソンズ・ウォーを見てきました。

(公式HPはhttp://www.charlie-w.com/)

あまりやる気のない国会議員が、遊んでいるときにたまたまソ連のアフガニスタン侵攻のニュースを見て、また、知り合いのセレブにたきつけられてソ連のアフガニスタン侵攻に立ち向かう物語です。

さまざまなきっかけはあったのですが、その中で最も印象に残っているのが、実際にアフガニスタンの難民キャンプを視察して、その悲惨さを目の当たりにしたシーン。

百聞は一見にしかず、です。

学生時代、アフリカの開発問題について勉強しているときに、実際にアフリカの開発に携わっている方から「実際にアフリカに行かなければ意味がない」と言われたのを思い出しました。

その意味で、自分を含めた日本人は、世界が抱える問題に十分に向き合えていないのかもしれません。

で、アフガニスタンを救うために、同僚を説得して予算を獲得し、アフガニスタンに武器を供与したり、関係国との調整を進めていき、最終的にソ連の撤退を成し遂げます。

ソ連の撤退後、アフガニスタンの今後を見据え、学校建設の予算について議論していくところで物語は終わります。

この映画から感じたことは、何かのきっかけで人は変わりうる、強い意志さえあればできることはたくさんある、百聞は一見にしかず、常に未来を考えて行動すべき、ということでした。

といっても、簡単なことではないでしょうが、とにかく面白い作品でした。

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証券外務員試験

今年、現在の会社に転職しましたが、今の会社は金融取引業者なので、株や債券などの金融商品の取引に必要な証券外務員資格をとりました。

証券外務員資格には1種と2種があり、基本的に2種をとれば営業ができるようになり、1種をとることで、2種だけではできなかった先物取引やオプション取引ができるようになります。

試験の内容は金融商品取引法・投資信託法・株式業務・債券業務など多岐に亘ります。

7割で合格なのですが(選択式なので7割分からなくても受かると思います)、同じ合格点でも、生命保険の営業資格よりハードルは圧倒的に高いです。

ということで、受験者の方の中には不安な方もいらっしゃるようです。

しかし、範囲は広いとはいえ、過去問をしっかり解いておけば、7割は簡単に取れるようになると思います。

この手は受験者間の公平性を確保するためか、過去問(に近い問題)を使いまわしているように思われます(生保の同様の試験もそうでした)。

なお、参考までに私が使った参考書を掲載しておきます(本来のテキストである外務員必携は、非常に役立つ資料だけど、試験のテキストとしては量が多すぎる)。

証券外務員〈一種〉要点整理―合格必勝ガイド (2007年度版受験用)
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合格必勝ガイド証券外務員二種要点整理 2007年度版受験用 (2007)
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私の場合、会社が過去問を用意してくれたので、過去問は買いませんでしたが、用意がなければ買っておいたほうがいいと思います。

これから受験される皆さんは、リラックスして頑張ってください。

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証券化の知識

最近、金融関係の知識を強化しようと、関連書籍を読んでいます。

特に関心を持っているのが、今注目されている金融手法の一つの「証券化」。

いろいろなキャッシュフローを証券の形にして、さまざまな投資家に引き受けてもらうことで、リスクの分散を図ると同時に、投資家に新しい投資機会を提供するというもの。

この手法によって、さまざまな投資家が住宅ローンや保険に擬似的に参加することができるようになるなど、伝統的な業態の壁を超えたスキームを作り上げることができるようになります。

ということで、入門として読んだ本が日経文庫の「証券化の知識」。

新書なので要点が簡潔にまとめられていて読みやすかったです。

次はハードカバーでしっかり勉強したいと思います。

証券化の知識 (日経文庫)/大橋 和彦
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コンプライアンス

1月に現在の職場に来てから、コンプライアンス関係の仕事をちょこちょこしてます。

主な業務は広告の審査。

金融業者(金融商品取引業者)の広告等については、金融商品取引法(旧証券取引法)によっていろいろな定めがあるので、それをクリアできているのかチェックします。

(誤植を含め)投資者に誤解を与える記載はないか、記載すべき事項はもれなく記載されているか、など。

一つ一つは細かい、地味な作業ですが、基準をクリアできていない広告を使ってしまうと法令違反になり、下手すれば行政処分モノなので気が抜けません。

・・・と、細かいところに気をつけながら思うのですが、世の不祥事を起こしている企業は、このあたりどのような管理をしているのだろう?

経営者はまさかバレないからいいだろう思ってたのか、あるいは単にあまり意識をしていなかっただけかもしれませんが、コンプライアンス担当者としてはどのくらい業務を真剣にしてたのだろう、とか、営業担当の部署に押されてしまったのかな、とかいろいろ考えます。

コンプライアンス部署の独立を謳っても、実際にはお金を稼いでくる部署が発言力があることは想像ができるのですが、そこをビシっという強さこそがコンプラ担当者に最も求められる資質なのでしょう。

実際に当社でも広告作成担当者とコンプラ担当者で一緒に考えることがありますが、決して主張すべきことは譲らない担当者(上司)は偉いなあ、とつくづく。

早く法令知識と交渉力を身につけて独り立ちしたいなあ、と思う今日この頃です。

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証券アナリスト試験勉強

またしても、久々の書き込みです。

もし、このブログを見てくださってる方がいたら、長らくお待たせしてすみません。

この1月から某投信委託会社に勤務していますが、仕事でも使うということで、前からチャレンジしようと思っていた証券アナリスト試験の勉強をしています。

4月には1次の「証券分析とポートフォリオマネジメント」を受験しました。

自己採点では70%くらいでした。

合格してるかどうかドキドキです。6割くらいで合格するらしいですが、上位陣の点数次第なので、楽観視はできません。

で、1次試験は秋にも開催されるので、今はそれに向けて経済と財務分析(会計)の勉強をしています。

また勉強が進んだら詳細を書き込みます。

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浜口雄幸

「男子の本懐」で金解禁・軍縮を断行したライオン宰相

浜口雄幸は昭和初期の政治家である。1870年に高知県に生まれる。その後、東京帝国大学法科を卒業し、大蔵省入りする。逓信次官、大蔵次官を歴任した後に政界入りする。

 浜口の一番の業績は、首相として蔵相・井上準之助とともに行った金解禁であろう。金解禁とは、為替体制を金本位制にするということである。当時は、第1次世界大戦の影響で、日本は金本位制を放棄していた。
しかし、世界各国が金本位制に復帰する中、日本はその流れに取り残されていた。日本も金本位制に復帰したいのだが、その準備がなかなか整わない。また、金本位制に復帰すれば、当時低落していた日本通貨は、法定相場と大きな差があり、輸出業者に大打撃が出たり、為替投機がはびこったりする恐れがある。さらに、当時日本は入超(輸入の方が輸出より多い)続きで、金本位制に復帰すれば、金の流出は必至と見られていた。つまり、更なる不景気が日本を襲うこととなるわけである。

しかし、金解禁に多大な犠牲が伴うのは前述の通りである。貿易業者のみでなく、しばらく続くことになる不景気に寄って国内経済全体が大打撃を受けることになる。

 しかし、浜口首相、そして井上蔵相は断固として金解禁を行った。その結果、米国の大不況の影響も重なり、日本経済も大不況に陥った。政府も、産業の整理を進め、不況に対応したが、失業者は増加、経済もどん底に陥った。浜口・井上両大臣は、各省の抵抗を受けながら、歳出の削減を推し進めた。その中には軍事費も含まれていた。折から、ロンドン軍縮会議によって「統帥権干犯」との批判を受けていたため、特に抵抗が大きかった。

 浜口が首相になったのが1929年。そして、ロンドン軍縮会議・金解禁が1930年。

 そして、金解禁の翌年、浜口は東京駅にて狙撃される。犯人は右翼の人間だった。浜口は一命をとりとめるが、その翌年に他界。享年61歳。
また、同年犬養内閣により、金解禁政策は撤回され、紙幣と金との兌換が禁止された。

 浜口雄幸は、数多い政治家の中で特に清廉な政治家として知られる。そのことを示すエピソードを2つ述べる。

 浜口が大蔵省にいた時代、浜口は塩に関する仕事をしていた。専売局の長官である。この仕事、いろいろな人に文句を言われ、苦しい仕事なのだが、誠意を第一にいろいろな人間と交渉の毎日。大経済人であり、初代満鉄総裁、内務大臣や東京市長を歴任した後藤新平がスカウトしても、「仕事の途中で逃げるわけにはいかない」と、拒否。住友総裁がスカウトしても、やはり拒否。その仕事が一段落着いたときに、ようやく後藤のスカウトを受け、逓信次官、後に大蔵次官へと移っていく。

 大蔵次官を退き、政界入りし、首相になり、そして、狙撃。一命をとりとめた浜口は、医師の勧告も振り切り、国会入りする。曰く、「議会で約束したことは国民との約束であり、宰相たるものがそれを裏切れば、国民は誰を信頼すればよいのか。」と。この態度には、政敵であった犬養毅もその立場を超えていたわりの言葉をかけたという。その犬養も、後に浜口と同じ運命をたどることになるのだが。
ちなみに、ジャーナリストで、後に首相となる石橋湛山は、この様子を批判している(戦後首相になった石橋は、病気によって職務を遂行できなくなったときすぐに首相を辞任した。)。

 浜口は清廉の士であり、その存在が国民の希望となっていた。だからこそ、国民は不景気をもたらす金解禁についていったといえる。リーダーたるもの、この浜口の態度を見習うべきであろう。

ついでに疑問。民主主義下では、当然国民の支持を多く得た方が政治家として勢力を得るわけだが、一般に国民は自分たちに害のない政策を実行する政治家を選ぶだろう。そうなると、どうしても痛みを我慢して難題を解決する、という政治家はなかなか勢力を得にくいのではないだろうか。そうなるといつまでも問題の先送り・・・。そしていつの間にか国が破綻。

かつて、アメリカのJ.Fケネディ大統領は、「国が何をしてくれるかではなく、国に何ができるかを考えるべきだ」と叫んだ。オバマ米大統領は、「我々に今求められているのは新しい責任の時代だ」と国民に対して市民としての責務の履行と協力を呼びかけた。
このように、ばら色の話だけでなく、現実を直視し、その上で国民の支持を得られるような人こそが、真に政治家・リーダーとしての資格を備えているということができるだろう。

浜口雄幸は、金解禁の理論的妥当性はともかく、そのような足枷をものともせず難題解決にあたったわけだが、現代にそういう政治家は果たしてどれほどいるのだろうか。

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