DCプランナー2級

本日は、DCプランナーの試験がありました(私が受けたのは2級です)。

過去問もしっかりやったし、70点くらいはバッチリ!!

と思って、リラックスして会場に行きました。

会場は、池袋の立教大学。

駅から徒歩10分くらいのところですが、大学の周辺は意外に静かです。

名門校の雰囲気がありました。

さて、試験ですが、かなり難しい気がしました。

過去問には載っていない、細かいところを突いてくる問題も多かったです。

やはり、年金制度が難しい。

投資やライフプランニングは問題集にあるものとあまり変わらなかったように思います。

試験後、参考書を読んで確認してみると、70点ぎりぎりライン。

何か勘違いとかしていると、不合格も見えてくる、一番緊張するケース。

模範解答は明日10時公開。

ドキドキします緊張

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DCプランナー直前

明日は、DCプランナー資格試験です。

ということで、直前のおさらいをしました。

DCプランナー試験(2級)は、大きく、

1.公的年金・退職金制度

2.確定拠出年金制度

3.投資に関する知識

4.ライフプランニング・リタイアメントプランニング

に分けられます。

このうち、投資に関する知識は証券アナリストと重なるので解きやすく、ライフプランニングは、前職が生保であったことと常識で解けるということもあって、対応が楽でした。

確定拠出年金についてもポイントがあるので、ある程度は対応がしやすいと思います。

一番の難関は、おそらく、「公的年金・退職金制度」。

多くの制度が含まれているだけでなく、それぞれの制度の関係や、制度の改廃の内容や時期についてまで抑えておく必要があります。

改めて、こんなに年金・退職金制度があり、複雑に絡んでいるのか、と思わされます。

社会保険労務士試験はさぞかし大変なことでしょう。

とはいえ、2級試験は4択。

理論上は、6割わかれば、60点+40点×0.25%=70点で合格できるはず。

後は、試験直前の詰め込みに期待することとします。

一夜漬けには昔から自信があるのです(笑)

24時間後涙しながらこのブログを書いていないことを祈ります。

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日本人はお上に弱い?

国民生活センターでは、架空請求の多い業者名を公表しています。

その中で、件数の多い業者をランキングで見てみると、「財務」「財政」「法務省」「センター」などの名称を付けている業者が多いようです。

おそらく、こういう名称を付ければ信用されやすいと考えているのでしょうが、ついつい信じてしまうのが日本人なのかもしれません。

最近は公務員バッシングも盛んにおこなわれていますが、なんだかんだで信頼しているのでしょうね。

ただ、最近はインターネットもあることだし、心当たりがなければ、まずインターネットで確認する癖をつけたいですね。

それにしても、こういう詐欺は本当に腹立たしい。

ぜひ厳罰に処してほしいものです。

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失敗は成功の元

※このカテゴリでは、別途発行しているメールマガジンの内容を記載しています。

【あなたを一回り大きくする歴史人物のお話】

◆失敗は成功の元

現在はもちろん、歴史上の人物だって、成功の裏には多くの失敗がありました。

その失敗をいかに乗り越えたかで、その後が決まるように思えます。

ということで、今回は、成功者の「失敗」についてみてみたいと思います。

・自分の意見は変えてはいかん

占領下の日本は、GHQの影響力が強く、自前の政策をとることは難しい状況でしたが、そのような状況下、自らの意見を堂々と言い、日本の金融政策に強い影響を及ぼした人物がいます。

その人物こそ、第18代日本銀行総裁、一万田尚登です。

就任直後には、マッカーサーに堂々と自分の所信を述べ、一目おかれています。

その後、金融引き締めなどによってインフレ抑制・経済の安定化に努めています(その姿勢の代表的なものが、川崎製鉄の高炉建設に伴う「ペンペン草」発言でしょう)。

その影響力から、「法王」と呼ばれたりもしました。

その一万田が大きく影響を受けたのが、昭和初期の日銀総裁・大蔵大臣であった井上準之助です。

一万田が若い頃、井上に至急講演の草稿を書くように指示し、一万田が草案を井上に確認してもらう時に「悪いところがあれば書き直しますので」と言ったところ、井上は、「一度自分の所信を以て書いたものを簡単に直すな」と叱られています。

彼が自分の意思を強く持って行動したのも、こうした経験が背景にあったのかもしれません。

彼は、別の総裁にも自分のミスで目をつけられていましたが、こういう経験にもめげないタフさと経験を生かす賢さことが、彼を総裁にしたのかもしれません。

なお、彼は井上同様、後に大蔵大臣も務めることになります。

一万田尚登
一万田尚登肖像画(出所:日銀HP)

・失敗にめげない粘り強さ

織田信長は、桶狭間以降、圧倒的な物量と優れた戦略で、並みいる強敵を打ち破り、天下統一目前まで迫ったイメージがあります。

しかし、実際の信長の軌跡の中は、結構失敗がありました。

例えば、桶狭間以降の美濃攻め。

美濃(現在の岐阜県)は、山河に恵まれた、非常に攻略のしづらい土地で、信長も幾度にもわたって攻撃していますが、木下藤吉郎(豊臣秀吉)が攻略に成功するまでは失敗の連続でした。

しかし、諦めずに失敗を繰り返すことで、成功につながりました。

また、石山本願寺に対しても、何度も攻撃をしては、陸海で敗戦も多かったようです。

しかしながら、陸上では包囲網の強化、海上では、鉄鋼船の投入でなんとか勝利を得ています。

朝倉攻めの最中に、妹婿の浅井長政に裏切られて命からがら逃れたり、腹心の武将に裏切られたり(最期もそうでしたが)、という厳しい経験もしています。

信長が勢力を拡大できたのは、物量と戦略の賜物という指摘がよくなされますが、失敗にめげず、粘り強く取り組むことができる、失敗しても冷静でいられる、という性格による部分も大きかったように思います。

【おまけ】

失敗にめげなかった経済人としては、三井物産元社長の故・八尋俊邦氏もよく知られています。

取引で大失敗して、管理職から平社員まで降格。が、その後めげずにリベンジを果たしてトップまで上り詰めることになったとか。

氏の座右の銘は「ねあか、のびのび、へこたれず」。こういう余裕が這い上がる時の力になるのかもしれませんね。

※ご意見・感想等がございましたら、是非こちらまで。

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メリルリンチ・小林社長、MIGAへ

メリルリンチ日本法人の小林いずみ社長が、世界銀行グループのMIGA(多数国間投資保証機関)の長官に内定したそうです。

(MIGAのニュースリリースはこちら

MIGAとは、投資におけるカントリーリスク(非商業リスク)を保証することで、発展途上国への直接投資を促すことを目的とした機関です(MIGAについてはこちら)。

過去には野村證券の元副社長、寺澤芳男氏もMIGAの初代長官を務められています。

氏は文才にもたけておられ、私も著書『ウォール・ストリート日記』を読んだことがあります。

米国のビジネスマンは自由だなとつくづく思いました。

途上国にとって、直接投資の呼び込みは喫緊の課題(特に先進国の経済が混乱しつつある現在ではなおさら)ですが、小林新長官のもとで、MIGAがどのような活躍を見せるのか、期待したいところです。

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思い出のバイト

思い出のバイトは? ブログネタ:思い出のバイトは? 参加中

学生時代にはいろいろなバイトに挑戦してみました。
塾講師、家庭教師、イベント設営、留学生のチューター、等々(いろいろ、でもないかも?)。
その中で一番思い出に残っているのは、駐車場の管理です。
立体駐車場に車を誘導して、ボタンを押してグルグル回すバイトです。
基本的に一人で管理していて、仕事さえやっていれば、備え付けのテレビを見ようが、テレビゲームをしようが、勉強しようが自由でした。
しかも、丁寧にお菓子やカップめんまで置いていたので、下手すれば自宅にいるより快適だったかもしれません。
特に深夜勤務は、睡魔と闘うのは大変でしたが、お客さんも少ないので本当にリラックスしていました。
あと、いろいろな職業のお客さんと会話するので、それが少し楽しかったり。
酔っぱらいのお客さんが来ると大変でしたが:
ちなみに、バイトしていたのは個人の駐車場です。
企業経営の駐車場だと、普通に厳しいようです(のんびりとか、お菓子があったりとかはない)。
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