コーポレートガバナンスとは?
安倍政権下で推進されたアベノミクスには様々な政策が含まれますが、重要なものの一つにコーポレートガバナンス・コードの導入が挙げられると思います。
すなわち、スチュワードシップコードによって機関投資家の企業価値向上への働きかけを促し、企業側にはコーポレートガバナンス(企業統治)1コーポレートガバナンス・コードでは「会社が、株主をはじめ顧客・ 従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行 うための仕組み」を指すとされている。(「コーポレートガバナンス・コード」前文)の向上による企業価値向上を促すというものです。
従前より日本企業は欧米の企業に比べて株主を重視しておらず、特に株式の政策持ち合いやメインバンク制(間接金融の相対的な存在感の大きさ)がそのような傾向の背景にあると指摘されています。
しかし、日本の成長戦略の一環として企業が投資家との対話や適切な企業統治によって持続的な成長を実現することを企図してコーポレートガバナンス・コードが東京証券取引所の規則として導入され、特に上場企業は同コードに沿った対応が求められるようになりました。
実際に関係者からの話を聞いていても、コーポレートガバナンス・コード導入後には機関投資家とのコミュニケーションの質が改善したという傾向がみられるようで、株主重視という点ではコーポレートガバナンス・コードの趣旨は実現されているようです。
(なお、同コードは株主以外のステークホルダーとの対話も促しています)
定量的な指標として独立社外取締役2東証の独立性の基準を満たした社外取締役を指す(https://www.jpx.co.jp/equities/listing/ind-executive/index.html)や取締役候補を決定する指名委員会3会社法第404条等の設置割合がわかりやすいと思いますが、これらについては東証の調査42021年8月2日「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」(https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000005poi8-att/nlsgeu000005polb.pdf)がわかりやすいです。
同調査によると、旧東証一部上場企業における独立社外取締役の設置割合(3分の1以上)はコーポレートガバナンス・コード導入の2015年以降増加しています(2人以上、過半数も同様の傾向にあります)。
また、指名委員会の設置割合も2015年後急速に上昇しています。
上場企業の状況について不勉強でそのコーポレートガバナンスがどのような状況なのかあまり知りませんでしたが、改めて調べてみると外形的にはずいぶん強化が図られているのだと勉強になりました。
しかし、現実問題として上場企業の不祥事は依然として多く発生していますし、コーポレートガバナンス・コードを受け入れた上場企業が全て適切な成長戦略を描いて力強い成長ができているとは思えません。
確かに経営陣をコントロールする組織の仕組みによって企業統治が改善するというのは理屈としてはわかるのですが、いささか講学的で実際の経営戦略やいわゆる現場の生産性にどのような改善をもたらすのかは実感がわきませんでした。社長が変わっただけでそこまで会社の戦略とか業績、企業文化って変わるものかな、とか(もちろん激変した事例も多くありますが)。
そのようなこともあって、コーポレートガバナンスの改善というのはどの程度企業の競争力に貢献するのかわからず、そもそもコーポレートガバナンスとはどういうものなのかということについても多少の関心はありながら踏み込んで学んでこなかった気がします。
コーポレートガバナンスのケーススタディ
話はそれますが、卒業論文で戦国大名北条氏の城下町である小田原の研究をしているところ、他の有力戦国大名の城下町も直で見てみたいと思い、当時の様子が良好な状態で残っていることで有名な朝倉氏の城下町・越前一乗谷(福井県)に行ってきました。
帰りに時間をつぶそうと書店をぶらついていると、以前からコーポレートガバナンスのケーススタディとして気になっていた『決戦!株主総会』という書籍が平積みされていたので、せっかくだから帰りの電車で読んでみようと思い購入しました。
本書はタイトルにもあるとおり、住宅設備大手のLIXILにおいて創業家会長(潮田洋一郎氏)によって外部から招かれたCEO(瀬戸欣哉氏)がその意向に沿わないとして突然解任されたことに対し、CEOがコーポレートガバナンス上の問題を指摘して復職(再任)を目指して戦ったプロセスが描かれています。
前述の会社法上の指名委員会等設置会社では指名委員会・報酬委員会・監査委員会が設置され、それぞれの委員の過半数が社外取締役で構成することでガバナンスの強化が図られており、LIXILも2011年に指名委員会等設置会社となっていました。コーポレートガバナンス・コードが導入される前のことで、上記の表を見ても当時そのような形態の会社は少なかったため、コーポレートガバナンスの優等生、とも呼ばれていたそうです。
しかし、実際には創業家とはいえ少数株主の会長によって恣意的に指名委員会が利用されその意に沿わないCEOが解任されるという、コーポレートガバナンス上も疑念が持たれる事態が発生しました。
当然ですが社外取締役も人間であり利害関係とは無縁でいられませんし、また経営陣の人脈によって選任されることも多く、社外の人間である=経営陣から完全に独立して意思を表示することができるというわけでもなさそうです。
したがって、社外取締役が多いことがコーポレートガバナンスの質を必ずしも保証するものではないということです。むしろ会社の実情には疎いという弱点がある分評価は難しくなるのではないでしょうか(本書でも指摘があります。P244-)。
さて、解任された瀬戸氏ですが、身の振り方については当初迷いもあったようですが、機関投資家の方から日本のコーポレートガバナンスが海外の投資家を失望させていることを聞いて、コーポレートガバナンスの改善という大義を認識して復職へ向けて立ち上がることにしたそうです(P89)。
ちなみに瀬戸氏のCEO就任前まではM&Aを活発に行っていたがそれが利益成長につながっておらず、瀬戸氏がその方向性を見直したことが潮田氏の意に添わなかった、逆にそれまでの経営陣は(創業家とはいえ少数株主の)潮田氏に忖度していたことが問題点として指摘されています(P116-)。
そこからは瀬戸氏側と会社側で激しい攻防がなされますが、最終的には株主総会で瀬戸氏側が提案した取締役候補が会社提案の取締役数を超えて選任されたことで瀬戸氏側が会社の主導権を握るという結果になりました(潮田氏は候補となっていないため不選任)。
瀬戸氏側の戦略が功を奏したという結果で、その中でLIXILや日本のコーポレートガバナンスが抱える問題が明らかにされましたが、私が本書で印象に残ったのは機関投資家の行動と仲間を作ることの大切さです。
前述のとおり、瀬戸氏が立ち上がるきっかけとなったのは機関投資家の後押しですが、その後も機関投資家は重要な役割を担います。そもそも株主の多数が機関投資家である以上(当時のLIXILの個人投資家株主は3割程度)、取締役選任という舞台で機関投資家が重要なのは当然ですが、機関投資家も投資先の企業価値が向上しなければ出資している投資家(あるいは従業員や保険の契約者)に対して責任を果たせないため投資先に対して企業価値向上を促します。
瀬戸氏によって業績の向上がみられた一方その退任によって会社が混乱することになれば当然機関投資家も会社に対して懸念を持たざるを得ません。実際世界最大級の資産運用会社であるブラックロックもLIXILの取締役会に書簡を送り問題となっている指名委員会や取締役会の状況について説明責任を果たすように促しています(P151-)。
一方、同じ機関投資家の動向として興味深かったのは議決権行使助言会社の動向です。資産運用会社などの機関投資家は多くの株式を保有していますが、すべての会社の株主総会の議案について精査することは人的要因の観点から難しい場合があります。
特にTOPIXのような指数構成銘柄をすべて保有する一方投資判断にかけるコストを削減するパッシブ運用の場合は議決権行使のために人員を確保することは現実的ではなくまた投資家の意図とも合致しないことになります。
そのため、機関投資家は議決権行使助言会社が推奨する議案への賛否に従って議決権行使を行う場合が少なからずあり、議決権行使助言会社が持つ影響力は非常に大きいといえます。
そのような背景もあり、日本版スチュワードシップコードでも議決権行使助言会社に向けた原則が設けられています。
原則8 機関投資家向けサービス提供者は、機関投資家がスチュワードシップ責任 指針
8-2. 議決権行使助言会社は、運用機関に対し、個々の企業に関する正確な情報に基づく助言を行うため、日本に拠点を設置することを含め十分かつ適切な人
8-3. 議決権行使助言会社は、企業の開示情報に基づくほか、必要に応じ、自ら企業と積極的に意見交換しつつ、助言を行うべきである。 |
しかし、今回の件では議決権行使助言会社(ISS・グラスルイス)に説明をしたにもかかわらず、ISS側は外形的な基準を重視した上、必ずしも正確ではない認識に基づき瀬戸氏側の多くの取締役候補に反対推奨を出したと指摘されています。この推奨には批判も出ており、スチュワードシップコードの観点からはISSも透明性や説明責任が求められていくのだと思います。
いずれにせよ、本件の取締役選任について機関投資家の判断が占める意味合いは大きく、改めて機関投資家の議決権行使の重要性を認識させられました。
また、大事をなすときの仲間の大切さもよくわかります。
瀬戸氏も多くの友人や機関投資家、そして面識がなかったにもかかわらず志を共有して社外取締役候補として共闘してくれた人たちに支えられて一連の戦いを乗り越えています。
優秀でパワフルな人であっても多くの人に支えられることでハード面だけでなく精神的に支えられてこそ、というのは歴史上よくみられることですが時代や舞台が違っても普遍的なものだと思わされます。
まして自分のような特段秀でたものがない人間が何かをなすためにはいかに人の力を借りられる人間になるか考えなくてはならないと思います。
もちろん、社外取締役として付き合うには馴れ合いを排除しなければいけないですし、瀬戸氏側の社外取締役候補はそのような観点で選ばれていました。一方である種の馴れ合いができる人間関係も必要で、いろんな形で人間関係を築いていくことの大事さにも気づきます。
自分にもまだやりたいことはたくさんありますが、法学も歴史学も道半ば。
それぞれもっと勉強して自分なりの見方や目標を信じられるようになりつつ(瀬戸氏にもそのようなものがあったからこその成功だったと思います)、一緒に何かを成し遂げられる仲間もどんどん増やしていけたらいいなと素朴ながら感じたのが一番の読後感でした。
福井から得たガバナンスの重要性に関する示唆
ちなみにガバナンスってトップ次第で変わるのか疑問と書きましたが、思い起こせば福井でそういう事例を見てきたのでした。
原子力発電所も城下町の発展も、トップがしっかりしているからうまくいき、そうでないと事故や滅亡を迎えると思うと、これらもまたガバナンスの重要性を説いているといえそうです(美浜原発にも事故がありましたし、一乗谷を本拠とした朝倉氏にいたっては織田信長に滅ぼされています)。
それはさておき、福井は食べ物もおいしく風光明媚なところでしたので、機会があればぜひ行ってみてください!