貸借対照表の右側と左側

財務諸表から仕事の意義を考える

自分の業界や業務の役割について考えていたら、以前ある人と、会社の財務状況を把握するための財務諸表を使って仕事の意味や性格について議論したことを思い出しました。

財務諸表というのは会社の財務状況を表すものですが、財務状況は個々の役職員の業務の成果を反映したものであり、したがって各人の業務は何らかの形で財務諸表に反映されているといえます。

ざっくり言えば、営業であれば損益計算書の収入の部分や貸借対照表の利益剰余金に反映されますし、商品の製造や研究開発の仕事であれば貸借対照表の資産の部に、財務の仕事は負債の部や純資産の部に反映されます。

もちろん、自分の担当するコンプライアンスのように、財務諸表上は費用にしか反映されないような業務もあるのですが…(そのためコストセンターとよく呼ばれ、哀しい思いをしています)

このように見ていくと、自分の仕事が会社に対してどのように貢献するものなのかを考えるヒントになるように思います。

 

なお、最初に告白しておくと、私は財務諸表がとても苦手で、大学時代は何度も簿記の授業を履修しましたが、一度も単位を取ることができませんでした(涙)

資格試験でも一度財務の科目が不合格になるなど、未だに苦手意識が拭えません…

そのため、この記事に書いてあることは、会計の専門家どころか会計が苦手な人間の、あくまでざっくりとした理解に基づく、ざっくりとした雑感であることをご承知おきください。

 

貸借対照表の仕組み

財務諸表のうち、資産の状況を把握するために重要なものとして貸借対照表(バランスシート)が挙げられます。

貸借対照表は下記の要領で作成され、左側(借方)には資産、右側(貸方)には負債と資本が記載され、左右の合計額は必ず一致します。

出所:中小企業庁ウェブサイト http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/kaikei/kaikei31/04.htm

 

貸借対照表の右側(貸方)

貸方は負債の部と純資産の部に分かれているように、基本的には会社がどのように資金調達をしたかを示します(引当金などの項目もあるため、資金調達だけではないですが)。

銀行借入や社債の発行といった債務によるもの(他人資本)、新株発行やこれまでの利益の蓄積(自己資本)などいろんな資金の調達の仕方がありますが、それらは全て貸方に反映されます。

 

貸借対照表の左側(借方)

一方、借方は調達した資金をどのように使用したかを示しています。

資産の部は流動資産と固定資産に分類され、流動資産には現預金や有価証券などの現金に近いものや商品や仕掛品、原材料などがあり、固定資産には土地や工場、ビルなどの不動産、業務用の機械などが挙げられます。

 

つまり、右側で調達した資金を左側に示した形で使用している、というのが貸借対照表の基本的なメッセージと言えます。

 

右側の仕事、左側の仕事

会社が資金調達を行い、その資金を活用してビジネスを行う以上、担当者レベルでも業界レベルでも左右それぞれの役割を担う存在がいます。

それぞれ具体的にどのような仕事や業界が当てはまるのか考えてみました。

右側のために働く人

  

前述の通り、貸借対照表の右側は基本的に資金調達を反映します。

したがって、会社の中では資金調達を担当する財務部門の仕事や、投資家とのコミュニケーションを担当するIR(投資家対応)部門の人などが直接的に右側のために働いている人といえそうです。

業界単位で見ていくと、会社にお金を融通する銀行業、株式や社債の発行・募集をサポートする証券業や投資銀行業、一般投資家からお金を預かって株式や社債に投資することで投資家と会社の橋渡しをする資産運用業などが該当すると思います。ざっくり言えば金融業界ですね。

 

左側のために働く人

 

貸借対照表の左側は調達した資金の使われ方、言い換えればそれぞれの会社のビジネスの実情を示しているため、ほとんどの業務が左側に反映されるといえます。特に会社の花形業務は資産の部に反映されやすいのではないでしょうか。

例えば車のメーカーであれば、車の開発や生産、企画や宣伝、営業などが主要な工程だと思いますが、これらは左側に影響する業務です。
そしてその会社はこれらの項目の内容(数字ではなく、その項目の実態)を表の顔として世間に見せています。

業界としては右側を担当する金融機関においても、会社の中では左側のために働いている人がほとんどです。

マクロ的に見れば、金融機関が企業の資金調達を担当していて、それ以外の業界は基本的にはそのお金を使ってビジネスを行い、価値を生み出すという左側の役割を果たしていることになります。

 

地味な右側、目立つ左側?

業界や業務を貸借対照表の右側、左側に分類して考えてみると、業界としての右側、つまり金融機関は全産業の中でも目立つ存在である一方、会社の中で右側を担う業務は比較的地味であるという印象があります。

地味な右側?

資金の調達や予算の割り振りなど金回りを掌握するため、重要かつ強力な存在であると思いますが、会社のビジネスに直接関与して価値を生んでいるわけではないことや縁の下の力持ち的な存在になりがちなことから、どうしても目立ちくくなるような気がします。
IRは資金調達の分野に属すると思いますが、この業務は広報的な側面が強いので特殊ですね。

また、資金調達や会計はある程度ルートやルールが決まっているというのもあります。

資金調達といえば、基本的には金融機関からの借り入れか株式・社債の発行など伝統的なルートが主で、それ以外の資金調達の方法を検討することはさほど多くないように思われます(資産の証券化やハイブリッド証券などの資金調達方法もありますが、大多数の会社が実施しているわけではないと思います)。

予算の割り振りにしても、新規の資金調達にしても、財務部門が独断で決めるというより、その会社のビジネスの実態や戦略に沿って現場のニーズも汲みながら行われることが多いのではないでしょうか(事業会社で働いたことがないので詳しくはわかりませんが)。

したがって、独自色やクリエイティビティを発揮しにくいともいえそうです。
資金調達の具体的な手法や条件などは会社ごとに異なるでしょうが、それは会社の独自色を出している、というより資金調達環境が会社によって異なるためといった方が正しいでしょう。

経済全体の中で右側を担う金融機関自体は一企業体として左側的な側面を発揮して新しい資金調達手法や金融商品を提供していますし、投資銀行のフロントオフィスやファンドマネージャーなどは花形と言われ実際に華々しい業務をしていると思いますが、経済全体の中での役割としてはやはり裏方だと言えます。
例えばM&Aは社会的にも組織的にもインパクトが大きい出来事ですが、実際にM&Aをした価値を生むのは、M&A自体ではなくその後の事業活動であるはずです。

そして、その金融機関の中でも各種の施策で世の中に新たな価値を生み出しているのはやはり左側の人たちです。

 

目立つ左側?

一方、左側に反映される業務については、性格は様々なので一概にはいえませんが、その会社の根幹となるビジネスを担っているという観点では右側の業務よりも幅広く、かつ会社ごとの独自色やクリエイティビティが発揮しやすいと思います。

全ての会社は自分たちの商品やサービスを世の中に提供し、経済的・社会的価値を生み出すことで収益を得ているわけですが、その価値の形はすべて左側に集約されていると言ってもいいと思います(価値の結果として得られる収益・利益は右側の利益剰余金に反映されますが)。

言い換えると、それぞれの会社のビジネスという表の顔はすべて左側で表現されているともいえるのではないでしょうか。

 

価値の生産を行いたいなら左側の仕事をすべき?

その会社ならではのビジネスで価値を生み出したいなら左側に立つべき?

元々このような話をしていた時は、上記のような観点から、自分がビジネスを推進して、自分の思うような形で、クリエイティビティなどを発揮して社会に価値を生み出したいのであれば、右側より左側の仕事をするべきだ、という結論に至りました。

昨今CFOの存在が注目を集めているように、資金調達や財務政策は会社にとって非常に重要な役割ではありますが、それ自体がビジネスで社会に対して新しい価値を生み出しているわけではありません。
だから、自分のしたことで社会に影響を及ぼしたいのであれば、左側の仕事、例えば営業やサービスの開発、あるいは右も左も両方担うような経営企画的な業務を行うのが面白いのではないか、と。

今でも、右側と左側に対するイメージは変わりません。

 

右側のビジネスを左に

しかし、業界的には右側の資産運用業界に属する人間としては、右側をもっと左側っぽくできないか、ということを考えます。

特に個人的に関心を持っているのが、これまでつながることができなかった資金の需要と供給をつなぐこと。
これまでの資金調達において、上場企業は株式・社債発行+銀行借入、中小企業は銀行借入メイン。政府や地方自治体は国債や地方債で借り入れるという形がほぼできあがっています。

したがって、一般の投資家が未上場企業に対して投資を行うことは難しいですし、NPOなどについては銀行借入もかなり高いハードルと聞いたことがあります(今は変わってきているかもしれませんが)。
政府・自治体に対しては国債・地方債、あるいはふるさと納税などで資金の援助をすることはできますが、特定の目的に使ってほしいと限定することは、寄付のスキームであるふるさと納税でないと難しいと思います。

そのような資金の融通が難しく、かつ資金の融通によって生み出される価値が認識しやすいような形の資金の融通は、事業体はもちろん、投資家にとっても経済的価値に加え、経済的価値以上の付加価値、社会的価値を生むことができるように感じています。
本来経済的価値しか生まない投資活動から社会的価値を創造できるのであれば、それは左側としての性格を持つのではないでしょうか。

個人的には、「いい会社」にのみ投資し、実際に投資家と投資先のコミュニケーションまでさせてくれる鎌倉投信や、社会的には重要だけどなかなかお金や専門家がいきわたらない公共分野にお金と専門家を配分させる仕組みであるSocial Impact Bondなどが、まさに左側化した右側産業の例だと思っています。
ベンチャーキャピタルなどもこのような性格を持っているかもしれません。

 

右側の仕事を左に

業務単位でも、右側の仕事、つまり本来的には会社の独自性の薄い仕事の中で、会社の独自性を打ち出すことができるかもしれません。

IRなどは元々そのような傾向が強いのですが、それ以外でも例えば環境にやさしい企業向けの環境格付融資を取り入れるなど資金調達によるブランド化を考える、環境会計・CSR会計に取り組む、といった施策は素人ながらに頭に浮かびます。

実際、社会にやさしい会社にしか融資をしないというオランダのトリオドス銀行の場合、融資を受けられたということ自体が融資先の会社のブランドになるらしいです。
これは右側産業としての金融機関にとっても示唆するものが大きいでしょう。

会社によって内容が大きく変わらないという点ではコンプライアンスの仕事も右側に属しますが、そのコンプライアンスに会社らしさを出すにはどうしたらいいか。
課される法令は業界共通ですが、その遵守の仕方は会社ごとに異なるので、何か面白いことができるかもしれません。
難題ですが、深く考えていきたいテーマです。

いずれにせよ、右側の仕事においても工夫次第で左側の要素を持たせられるし、クリエイティビティを発揮することも可能だということはいえそうです。

 

大事なことは左右両方の視点を持つこと

貸借対照表の左右という観点から仕事や業界の性格について考えてきましたが、当然それぞれの業務に優劣があるわけではありません。
左右が連携して機能することで会社は回るので、どちらも疎かにできません。
※記事の趣旨も、右側の業務や仕事がつまらない、ということではありません。

ただ、業務やビジネスごとに性格がある中で、よりユニークな仕事にできたり、より価値を生み出せるのであればその方が楽しいですし、会社にとっても社会にとっても価値があると思います。

また、左側の人も右側の人、あるいはその先にある資金の提供者のことを考えながら仕事をすると、よりお金が集まってビジネスがしやすくなる、あるいはそこまでいかなくてもより会社の資本効率性・財務の健全性が高まっていくのではないかと思います。

自分の仕事も業界も右側ですが、常に左側の発想を忘れずに業務や日々の勉強に取り組んでいきたいと思います。

 

※この記事は私見に基づくもので、記事中言及した業務もコンプライアンス以外は経験したわけではなく、あくまで想像で記載しています。実態と異なることもあるかもしれませんが、考察を進めるための説明として受け止めていただければと思います。

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