ケインとアベル

無人島に一冊だけ本を持っていくとしたら、どの本を持っていくか?」という問いは、その人の嗜好のみならず、哲学・人生観をも如実に映し出すものだと思います。
(過去記事:「無人島に持っていく本」)

この問いの深さが示すように、本との出会いというのは、人との出会いと同じように、自分の生き方や考え方に影響を及ぼす重要なものだと考えてよいのではないでしょうか。

この問いに関して、作家の山本一力さんが、「無人島に持っていくなら迷わず『ケインとアベル』を選ぶ」という記事を先日読みました。

不勉強ながら「ケインとアベル」という本を読んだことがなく、作家にここまで言わせる作品とはどのような本なのか気になって、さっそく読んでみることにしました。

著者はジェフリー・アーチャーという英国の著名作家で、政治家としても活躍していました。
投資に失敗して経済的にも苦労したそうで、その経験を基に「百万ドルをとり返せ!(原題:NOT A PENNY MORE, NOT A PENNY LESS)」という作品を上梓していたり、一人の人間としても興味をそそられる方です。

さて、「ケインとアベル」ですが、タイトルの通り、ケインとアベルという二人の人物の人生を描いた作品です。
この二人は聖書の「カインとアベル」とは異なり、他人ではあるのですが、ボストンとポーランドで同じ日に生まれ、全く違う育ちをしながら、あるきっかけを基に接点を持ち、そこからお互いの恩讐や意地をかけて、運命を複雑に絡み合わせながらつばぜり合いを繰り広げるという物語です。

ケインはボストンの銀行のオーナーの跡取りとして生まれ、英才教育を施され、自分の才覚もあって銀行家として歩んでいきます。ただ、父親を早くに亡くし、母親との再婚相手とはうまくいかないなど、家庭においては辛い思いをしています。

一方のアベルは、ポーランドの貧しい猟師の家で育ち、その後能力を見込まれてその地の領主の跡取りの学友となるも、第一次世界大戦及びポーランド・ソ連戦争のために監禁され、シベリアに連行されながらも命からがら米国まで逃げのびて、ニューヨークでホテルマンとしての人生を歩み始めます。

順調にそれぞれのキャリアを歩んでいたふたりですが、明確に運命が絡み合うのは1929年の世界大恐慌の時です。
世界大恐慌の結果、米国では株価が下落するだけでなく、多くの失業者が生じましたが、その波はホテル業界をも飲み込み、アベルがパートナーとして経営していたホテルグループも、ケインの銀行の支援を得られず(ケインは支援を主張していましたが、銀行内で合意を得られず、彼が支援を断る役回りになります)、アベルのビジネスパートナーは自殺し、アベルも経営破綻を逃れるために必死に支援者を探します。
最終的にはぎりぎり支援者は見つかり、経営破綻は逃れたのですが、アベルは親友でもあるビジネスパートナーを自殺に追い込むことになったケインを恨みに思い、ホテルグループを成長させる一方で、ケインに復讐することを企図し続けます。

そして、彼らの相克は子どもの世代にまで影響を及ぼし、物語にさらなる深みを持たせることになります。

「ケインとアベル」は、ケインとアベルといった魅力あるふたりが様々な苦労を乗り越えていきぬいた物語であり、ふたりの恩讐劇であり、家族や親友との絆の物語であり、そして優れたサスペンスでもあります。
また、「カインとアベル」を思わせるタイトルや、ケインとアベルのそれぞれの視点を切り替えながら物語を進めていく手法なども印象に残りました。

ふたりはどのように育ち、どのように運命の糸を絡ませ合い、そして最後はどのように結末を迎えるのか。
最初から最後までドラマチックで、読んだことのない方には是非お勧めしたい作品です。

ちなみに米国では世界大恐慌を教訓に金融改革が進んでおり、その中の一つに、銀行業(商業銀行)と証券業(投資銀行)を分離させたグラス=スティガール法がありますが、その影響にもチラリと触れられていて、金融業界で働く者として面白かったです。
ちなみに、ケインは関心もキャリアもどちらかというと証券業(投資銀行)寄りで、米国における証券業の存在感の大きさをうかがわせます。

また、本書では遺言信託・家族信託が重要な役割を果たしており、信託という制度が米国においてどのように活用されているのかについても垣間見ることができます。
自分が取り組もうとしている研究の中には米国における信託制度も含まれるので、機会があれば、「ケインとアベル」を引用してみたいと思いました。

そのほか、ケインが当然のように自分のお金を慈善事業に寄付していたり、アベルもケインも国家への貢献を意識していたりするなど、米国人の哲学・信念も興味深いところです。

「ケインとアベル」は上記のとおり、複数のカテゴリーの要素を含んでいる非常に読み応えのある物語で、確かに「無人島にもっていく1冊」として選ばれる価値のある作品だと思います。

自分なら、「ケインとアベル」もいいですが、「レ・ミゼラブル」も持っていきたいと思います。どちらにせよ、何度も読み返せて、何度読んでも心が洗われ、その都度いろんなことを考えさせてくれる作品がいいですね。

これからもたくさんの「無人島にもっていきたい1冊」に出合っていきたいものです。

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