ついにゴールデンウィーク。旅行も含めて、日頃したくでも時間がなくてできなかったことにチャレンジするのに絶好の機会です。
こんな時期には読書も一案。ということで、今回は読書のエピソードです。
・読書百遍・読書三余
三国・魏の時代、董遇という学者がいました。
非常に高名な人で、弟子入りを希望する人も多かったのですが、彼は弟子をとりませんでした。
そして、常々こう言いました。
「本を百回読めば、著者の言わんとするところが自然にわかってくる(読書百遍、意自ずから通ず)」。
とはいっても、そんな時間なんてないですよ~、とこぼす人もいます。
「それでも、あいている時間もあるでしょう?することのない余っている時間、すなわち雨の日や夜、冬の時期(つまり三余)に読書をすればいいのです」と諭します。
そんな董遇、最終的に魏の大臣クラス(大司農)にまで昇り詰めています。
我々も勉強できないと、つい時間がないと言い訳しそうになりますが、董遇の前ではちょっと気まずいかもしれません・・・
国語の試験の問題も、時間中に百回読み返せば自然に正解がわかるかもしれません(笑)
↑そんな時間がないです・・・
・耳学問も立派な読書?
歴史上の偉人の中には様々な理由で読み書きができない人もいます。
そんな人物もたいていは好奇心旺盛で、知識人に話し相手をさせたり、史書を読ませたりして知識を吸収したと言われます。
とくに知られているのが、豊臣秀吉やカール大帝でしょうか。
カール大帝は、8世紀ごろのフランク王国(現在のフランス等)の王で、西ヨーロッパ全体に勢力を広げ、西欧に安定をもたらした英雄として知られていますが、意外にも読み書きが苦手だったようで、自らの署名ですら一部しかしなかったそうです。
しかし彼は歴史が好きで、食事中によく歴史に関する書物を読ませたそうで、耳学問については非常に達者だったようです。また、読み書きの練習もしたそうで、最終的には何とかできるようになったとのこと。
豊臣秀吉も読み書きは苦手だったようですが、やはり耳学問は好きで、有識者やかつての同僚である高名な武将などいろいろな人物を話し相手にしていたようです。有名なところでは千利休や荒木村重などが挙げられます。
そのためか、秀吉には意外に歴史につながるエピソードがあったりします。
源頼朝に対して「あなたと自分は同じ天下を統一した者同士だが、自分の方がハンデがあったので、自分の方が偉いな(笑)」と語りかけてみたり、とか。
もちろん、現在でも耳学問の重要性は変わりません。
SNSの登場などで、同じ関心を持つ人同士がコミュニケーションをとりやすくなったこともあるため、機会があればいろいろな人とのつながりを探してみるのも一興かもしれません。
今年もゴールデンウィークが始まりました。天気も良く、気持ちよく過ごせそうですね。
読書やたまっている勉強も片付けたいところです。
みなさんも是非読書や耳学問をされてはいかがでしょうか?
そういえば、最近読んだ藤原正彦氏の対談でも、「人間と動物を分けるのは読書だ」とありました。
この理屈の是非はともかく、読書は人生の糧になりますから、たくさんしておきたいですね。
「きけ わだつみのこえ」を読むと、戦前の若者の読書量や思索の深さに頭が下がるとともに自分の浅さが恥ずかしくなります。まだまだ読書や思索が足りないようです。